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2 けんちん汁と山盛りご飯
お昼過ぎの飯処みかさ。
幾人かの常連さんが帰ったあと、時間をずらしてやって来るのはたまちゃん。
一度訪れて以来、味を気に入ってくれたのかずっと通って来てくれる。
自分が学生の時にお金を持っていなかったから、店を継いだ時に、学生向けランチは税込み500円と決めている。
野菜多めのおかず一品と汁物、和物などの一汁二菜。本当はもっとおかずを増やしてあげたいけど、原価がね。
と、言っても店に来る学生はたまちゃんくらいなのだけれども。
たまに山盛りご飯は行儀が悪い、と言う人もいるけれど、この店ではそんな細かい事は気にせずに、好きなだけ、好きなように食べてほしいと思う。
店に入ってくるなり、すんすんと香りをかぐたまちゃん。
「このけんちん汁定食って、そそります」
たまちゃんが嬉しそうに言う。
「豚汁とか、けんちん汁っておかずになる汁物ですよね、ご飯が進みます」
荷物を置き、テーブルにお行儀よく座るたまちゃんに微笑んだ。
大きめの茶碗に白米をよそう。空気が、入ってふんわりするように。
一升炊きの炊飯器はたまちゃんが来るのに合わせて満たんに炊いてある。
そこへ珍しくカラカラカラと扉が開き、大柄な男の子が入って来た。
「まだ、学生ランチやってますか?」
どうやら大学生のようだ。
人見知りのたまちゃんのために、一人で食べられるようにしてあげたかったけど。
お客様を追い出す訳にも行かない。
案の定、たまちゃんが固まっているので、たまちゃんから遠いテーブル席でたまちゃんに背を向ける席に案内した。
男の子の方は屈託なくメニューをみながら注文した。
「このけんちん汁定食にします。超超超大盛りで」
たまちゃんが驚きの表情を見せた。
「あ、ないっㇲか? 大盛り。追加料金かかってもいいんでㇲけど」
一瞬唖然としたみのりは、慌てて答えた。
「勿論できますよ、学生さんからは追加料金なしで」
「お行儀悪いんですけど、汁をご飯にかけてスープごはんにして食べたいです。できますか?」
「ご飯は好きなように食べる、と言うのがこの店のコンセプトなの。お好きにどうぞ」
たまちゃんがこちらを見ながらソワソワしている。
たまちゃんもスープご飯にしたいのかな?
そう思いながら用意していると、男の子がくるりと振り返った。
食べていたたまちゃんの動きがピタリと止まる。
たまちゃん、大柄だけど小動物みたいな動きをするんだよね。
「あれ? 小玉さん?」
男の子がたまちゃんに向かって声をかける。
そう言って固まっているたまちゃんの隣に席を移す男の子。
「小玉さんも、ここでお昼食べてるんだ。さすが、いいとこ知ってるね。しかもけんちん汁、めっちゃ旨そう」
たまちゃんのご飯を覗き込んで、顔をほころばせる。
たまちゃんは食べるのをやめた。
俯いて、ただ黙っている。
「あれ? もしかして小玉さん、俺のこと知らないのかな」
男の子は固まったままの、たまちゃんに気づかないかのように朗らかに話しかけている。
「俺、同じクラスで柔道部の傘立 歩夢です。見ての体格の通り、歩夢と言うより大五郎だと、よく言われます!」
朗らかな歩夢くんの自己紹介に思わず、笑ってしまう。
「俺、小玉さんが美味しそうにごはん食べてるとこ見てました。いつも、綺麗に美味しそうに食べる子だなって……」
そこまで言って歩夢くんは顔を赤らめる。
言われたたまちゃんは、もっと赤くなっている。
おやおや、と思いながらみのりが定食を差し出す。
「はい! 歩夢くんけんちん汁と山盛りごはん。汁をかけられるように、大きめ丼にご飯よそったからね。味変には一味、それからおろし生姜を使って」
歩夢はいただきますと手を合わせると勢いよくかきこんだ。
山盛りご飯はあっという間になくなった。
さすがのたまちゃんも驚いている。
「すいませんっ! 山盛りご飯、おかわりお願いしますっ」
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