新入り奥方

3/3
前へ
/12ページ
次へ
「もうよい、下がれ。佐一から茶代を受け取り帰るがよい」 「承知いたしました。それでは失礼いたします」 寧々子はすっと立ち上がり振り向いた。後ろ髪を引かれる様子は一切ない。けれど、その直後――竜規の目は寧々子の背中姿に釘付けとなった。 ほんの数歩にすぎなかったが、寧々子の足はしっかりと畳を踏みしめ、わずかな緩みも見せなかった。そんな隙のない歩を垣間見たのは、竜規が知る限り、一握りの高名な武将だけである。 「いや待て」 竜規はすぐさま寧々子を引き止めた。寧々子は足を止めて振り返る。 「なんでございましょう、竜規様」 「無理強いをするつもりはないが、この奥向きの暮らしを味わってみてはどうだろうか」 「それは……わたくしを奥方としてお迎えくださるということですか?」 「さようである」 意外だったのか、それとも心外だったのか、とにかく寧々子はきゅっと口元を引き結んだ。振り向いてその場に座り直し、深々と首を垂れる。 「御殿での暮らしは尼音がなんでも教えてくれる。思い悩んだら遠慮なく相談するがよい」 「竜規様のお心遣い、誠に嬉しく思います。それではひとつ、お尋ねしたいことがあります」 「なんだ、言ってみろ」 「呪いの噂とは、まことでございましょうか」 噂は民の間にも広まっていたようであった。 「そんな戯言、信じることはない」 「ああ、それは残念です。その呪いの真相を知りたくて、心を躍らせて訪れたのですが」 寧々子はまっすぐなまなざしで竜規を見据え、くすりと笑った。その度胸に、なるほど家臣たちの尽力は伊達ではなかったなと、竜規の心は少しばかり沸き立った。 以来、竜規は頻繁に寧々子と夜をともにするようになった。竜規にたいそう気に入られたのだろうと、奥方たちは寧々子をしきりに羨ましがっていた。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加