第二部 七空村

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家族以外には、七紅が見えないことだけが救いだった。 双子の子育てに苦労して雇っていた、家政婦の中谷 (なかたに)さんが 再び我が家に来て、身の回りの世話をしてくれるようになれたからだ。 「2人ともすっかり大きくなって、しかも二枚目ね。 またお世話できて嬉しいけど、お母さんのことは心配だわ......。 はやく良くなるといいわね」 俺たちは、おぼえたての作り笑いを中谷さんへと向けた。 中谷さんがまだ現役の家政婦だと知れて、母が体調を崩したので 家事をやってほしいと父が頼んだのだ。 朝はトーストを焼いて簡単な朝食を食べて、中学校のそばにある 商店で弁当を買って昼食にして、中谷さんが作り置きしてくれる 夕飯を温めて食べる日々になった。 やがて飯くらいは作れるようになろうと、藤生と2人で料理作りを やってみたりもした。 食生活が変わったことに不満なんてなかったけれど。 問題は別のところにあって、精神を削られた。 両親が毎夜、離婚について揉め続けるようになったからだ。   「2人とも私が育てます。養育費だけはください。 そこは父親としての責任でしょう?」 「馬鹿を言うな!跡継ぎがいなくなるじゃないか! なら1人は置いていけ、藤生がいい。藤生のほうが頭がいいんだ」 「なんてことを言うの!我が子を成績で差別するうえに 家の犠牲にするの?藤生は、こんな呪われた家のために 利口に生まれたんじゃないのよ! それに眞麗だって優秀だし、思いやりのある優しい子よ。 あの子も犠牲にはできないわ!いいえ、犠牲にはさせない!」 「いままで子が跡継ぎになるのを前提として育ててきて、 なにを言ってるんだ! どれだけ苦労して働いてきたか。 家にいるだけのおまえにはわからないだろうよ! そもそも、おまえが百日紅を植えたせいで呪いが復活したんだ! おまえのせいだ!すべて、おまえのせいじゃないか!」 「それだって呪いよ!呪いのせいよ! 私は百日紅なんて興味なかったのに! 会社を反映させるのと、こんな家を存続させるのとは別問題よ! まったく違うわ!あなたは何もわかっていない!」 それらが呪いそのもの.....。 としか聞こえない会話が、夜になると続いた。 俺ひとりでは、きっと耐えられなかっただろう。 藤生と2人で、広い広い屋敷のなかで、両親の言い争うリビングと 最も離れた客間で......二組の布団を敷いて寝た。   子供の頃の二段ベッドが妙に恋しくなる。 2人ずつに部屋を用意できたのに、俺が二段ベッドに憧れて。 同じ部屋で過ごした頃が......なんだか遠く感じる。 『ただいま』と、夜遅くに帰宅する父の穏やかな声も。 絵本を読み聞かせる母の優しい声も。 俺たちは毎夜、話し合いを続けた。 一体、どうすればいいのか。 この家を、元の幸せな日々に戻せるのかを。
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