第二部 七空村

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病院で点滴をうけて落ち着いたあとも母は正気を失っていた。 「返して返して返して返して返して返して返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返して返せ返して返せ返せ返せ返せかえせえええええ!」 それしか口にしなくなった母は......精神病棟へと移された。 『返して・返せ』とは、平穏な生活であり、我が子の運命の ことなのだろうか。 事情を聞かずとも察した中谷さんが住み込みで勤務してくれた。 1人息子は結婚して地方に住んでいて、夫は亡くなっていて 独り暮らしで自由なのだそうだ。 中谷さんに家を任し、病院に母を任せて、父は仕事に没頭し続けていた。 いや、会社をたたもうとしていた。 所有していた、いくつかの土地を売り、信頼できる会社へと売却する 方向で動き始めたのだ。 金だけはどうにか多く残せるようにと。 「この家はもうお終いだ。いや、終わらせるべきなんだ。 藤生、母さんの容態が落ち着いたら離婚する。 そして、おまえは母さんと暮らしなさい。 そして、眞麗は長男として......家を継ぎなさい。 それですべてがまるくおさまる」 それこそ寝ずに考え続けたらしく、目の下が真っ黒になっている父が 絶望的判断を告知してきた。 「父さん......!母さんがあんなに壊れてしまったのは、 子供を手放したくないからだよ! 兄さんが七紅に取り込まれて、それで、 母さんが納得できるとでも思ってるの? 僕だって嫌だ!兄さんが会社を継ぐことに従うならまだいいよ。 でも命を捧げるなんて嫌だ!」 俺は黙っていた。 恐くて恐くて恐くて......。 もうなにをどう言えばいいのかわからなかった。 嫌だ!あの禍々しい紅色の8本目の尻尾になるのか? なんというおぞましさだ! しかし、あの妖怪に人間が立ち向かえるとは思えない。 どうして、どうしてだ......? 長男に生まれたからと、どうしてこうなる? 次男というだけで藤生は救われるというのか。 同じ日に産声を上げたのに。 俺のほうが背が低くて、頭が悪くて。 瞳を輝かせるような夢なんてなくて......。 そして、死ぬのか? 俺は生まれて初めて、弟に憎しみを抱いた。
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