第二部 七空村

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「彼女は結婚相手としては向かないと思う」 合コンから帰宅した途端に、藤生に言われた。 「は?いやいやいや、まだそこまで前提にできるって 決まったわけじゃないぞ。次のデートの約束はしたけどさあ」 そう言いながらも俺は、もちろん結婚したいと思っていた。 「兄さん、僕ね、もうそろそろ七紅に完全に取り込まれるんだ。 こうして出歩くことが、あんまり気に入らなかったみたいでね。 行動を制限されちゃうんだよ」 「藤生、もう、会えなくなるってことか?こうして話せないのか?」 「うん。でもアオメは消えないよ。個体として存在してるから。 だけどカタチは少し変わってしまう 幽体に近いものになって、触れることはできなくなる」 「寂しいな、それは......」 「うん......だから最後のお願いだよ。 あの人とは結婚しないほうがいい」 藤生に対するショックはあったが、浮かれてシャンパンを飲んで 酔っていたのと、ひと目惚れした彼女にも酔いしれていた。 そのせいで、俺は完全にスルーしてしまった。 「藤生、俺、七空から完全に絶縁するよ。ものすごい額が俺の口座に 振り込まれてるけど、それも返そうと思う。もう社会人になってから 金も自分で貯めれるようになれたし」 藤生が黙って悲しい目をしている。 悲しい目をしていたことさえ、後になって思い出した。 「まあ、でも、3千万くらいは残しておこうかな。 ははは、せこいな、俺。でもさ、もう七空の財力や存在に頼らずに ひとりの人間としてやっていくよ。 だってさ、七紅って、腹立つんだよ!見返してやりたいよ! 大学のランクを落としたときも、中小企業に入社したときも 七紅が夢に出て来て文句を言ってきたんだよ、 おまえはその程度かって。あれ、本気でムカついたよ。 そりゃあ俺は、藤生みたいに頭がいいわけじゃないけどさ......。 それでも社会で立派に生きていけるって、みせつけてやるんだ!」 長々と豪語しているあいだに、気づくと藤生は消えていた。 「藤生......おまえのぶんまで、人として生きていくよ」 その気持ちは、意志は、本気だった。 本気だったのだ......。 それなのに俺は、合コンでひと目惚れした相手と結婚した。
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