第二部 猫と探偵と高円寺

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「あははっ、彼の名字。珍しいうえに呼びにくいですよね」 探偵の落合さんが笑ってきたので、恥ずかしいやら照れるやら......。 いやいやそれは置いといて。 「すみません、あたしは特に活舌が悪くて。 職場でも商品の名前を、よく言い間違えちゃいます。 でも、うちの職場は人柄に恵まれてるんですよ。 だからキイロくんを、みんな本気で心配してるんです」 「それはなによりだ。仕事は人間関係によって変わりますからね」 「そうなんですよね!というか、うちは動物園みたいですっ。 木鷺坂でサギ、店長が猪熊さんでイノシシとクマ、八と木で ヤギさん、そしてホンドのあたしがタヌキ」 「は?」 「はい?」 落合さんが、ため息交じりに笑ってきた。 えーっ!なに?なに? 「そっ、それはともかくっ。 どうしてライヴバーのマスターさんが依頼を?」 「それはね、このところ彼がライヴを観に来ないからです。 いや、それ自体は不自然じゃないそうです。 実生活の都合なんて誰にでもあるから。 ただ、彼とはネットアカウントでもつながっているそうで。 それの書き込みが止まってると。 そっちは1週間どころか1ヶ月ほど。 毎日、書き込むタイプが止まると不自然ですよね」 「そうですか......。 彼、あらゆる方面で気にかけてもらってるんですね」 うわあ、すごくわかるわそれ。 個人情報的なことはあまり知らない同士でも絆は深まる。 ネットのほうが濃くつながったりする。 だけどネット上から消えると......存在の安否も不明になってしまう。 「あの、あのぅ、それで、あの、死んでたりしません? 部屋で、部屋で遺体になってるとか、私、嫌です、困りますぅ......」 落合さんの後ろにいた、ちっちゃいおばあちゃんが不安げな顔で 言ってきた。 「こちら、このアパートの大家の山寺 (やまでら)さん。 すぐ近くに自宅があるそうです」 落合さんに紹介され、慌てて大家さんにも自己紹介をし直した。
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