第二部 猫と探偵と高円寺

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キイロくんは職場の昼休みや、休憩時間に、たくさん話してくれた。 あたしは自分のことは、あまり話さず、ずっと聞く側に回っていた。 実家のチワワのポロロが、リズミカルに歩くのが可愛いこと。 ネットで動画を観ていたら気に入った曲があって、ライヴバーに 初めて行ったこと。 それがアマチュアミュージシャンを知るきっかけになったこと。 メジャー以外で、実力のあるミュージシャンがたくさんいると それを知れたことで、視野が広がったのだと。 等々......。 そして。 数人のミュージシャンを好きになったけれど、ひとりだけ特別なこと。 ピアノをダイナミックに弾きつつも繊細な曲を歌う彼自身に、本気で 惚れてしまったことを。 彼は『弾き語り』というジャンルのアマチュアミュージシャンで 弾き語りというのは主にソロ活動で、ギターやピアノ、その他の 特殊楽器を使用して歌う人たちのことだ。 流行りの音楽しか知らないあたしは、街の片隅にそんな世界が あるってことに感動してしまった。 だからキイロくんが、ライヴに行く話しを聞くのが楽しかった。 ちなみにキイロくんは自身がゲイであることは周囲には隠している。 それは偏見が怖いとかではなく、特に言う必要はないという自由な 感覚だった。 あたしにだけそれを話してくれたのは、恋の相談もしたかったから。 アマチュアミュージシャンというのはファンとは距離感が近いので ライヴ後に話し込んだり、ネットアカウントでつながったり。 そうして仲良くなれるケースは多い。 それで女性ミュージシャンは男性に迫られる苦難があったり。 男性ミュージシャンが過度な女性ファンに付きまとわれたり。 そんなトラブルも起こるのだそうだ。 だからこそ、キイロくんはそんなファンにはなりたくない。 彼に対しても誰に対してもモラルのあるファンでいたいと。 そう心に決めて振る舞っていた。 それは、いろんなミュージシャンにも彼にも伝わっていて。 『コイツはオレの自慢。ファンの鏡!』そう言われていた。
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