第二部 猫と探偵と高円寺

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だけど、そういう好かれ方をしていても......。 それはそれで、彼の望む立場とは違っている。 だからって告白して振られて気まずくなれば、もうライヴには 行けなくなる。 そのことも気に病み、想いを押し殺していたのだ。 このところは深刻に悩み始め、ネットアカウントの書き込みも 止めたまま1ヶ月が経ち、ライヴにも行かなくなっていた。 「逃げ出したい、実家に帰りたい。 でも実家も関東だし......。地方に引っ越そうかな」 なんて言うから、あたしは、店が傾くからやめてと真剣に懇願して そして同僚としてでなく、友人として胸が苦しくなっていた。 告白してフラれるということさえも、できない彼に。 ゲイである以前に、ミュージシャンと客としての関係性を守って 純粋に、けなげに、ファンを続けることさえ苦悩していることに。 「猫になりたいなあ......」 休憩時間に、店の裏口で自販機のコーヒーを飲みながら キイロくんが言った。 「猫になったらコーヒーが飲めなくなるよ~? ブラックの苦味が大好きなんでしょ?」 あたしは、からかい気味に甘いカフェオレを飲みながら言った。 「だって、人間だから悩むんだよ。猫になったらさ、 彼のそばにいられるよ。 僕は犬派だけど、野良犬になったら外をうろつけないだろ? 野良猫になれないかなあ。 そしたら猫好きの彼が拾って飼ってくれるかもしれない。 もしくは高円寺にいたら、いつでも会えるかもしれない」 「夢みがちなのに具体的っていうか、もうカオスだよそれ。 でもさあ、キイロくん、なれるよ......猫に」 「え?」 「あたし、なれる方法を知ってるよ」 「やだなあ、からかわないでくれよ。あるわけないだろ、そんなの」 「試してみる?一週間、かかるけど」 いつもヘロヘロしてるあたしが、いつもと違う空気感で言ったから。 キイロくんは缶コーヒーを強く握り締めた。
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