第二部 七空村

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「でもさ、単に百日紅が気に入ったからでしょ。 あ、タヌキ?タヌキはね、北海道と本州とで 名前が分かれてるんだよ! 本州がホンドタヌキで、北海道はエゾタヌキなんだ」 夢中で喋りながら、元から大きい藤生の目が輝いている。 あちこちに散らばっている図鑑や本のなかで。 「ホンドって本土って意味?そのままだな」   それくらいなら成績が中の上くらいの俺でもわかった。 「それでね、キツネは、どこにでも生息してて。 いちばん多い県が......えっと、どこだったかな。 それからイノシシってさ、子供の頃のウリ坊すっごくかわいいよね! 見てみたいなあ、またみんなで動物園に行きたいね。 でも自宅で猿が見れるなんて、それこそ動物園みたいだね!」 「おい藤生、ちゃんと約束通りに人に話してないよな?」 「もちろん言ってないよ」 俺なりの提案として『自宅に猿が七匹も来ている』というのは 他言無用にしようと家族とも話していた。 どう考えても珍しいケースだし、よその子たちが面白がったり 大人たちがネタにして、地方のテレビ番組のスタッフが来たり そういう点で避けるためであり、更に、どことなく不自然さを 家族で感じ取っていたからだ。 それでも藤生は猿たちに心を奪われている。 「わかった、わかった、もういいよ藤生。 とにかく、おまえは獣医になれるよ。俺より頭がいいし。 それに、家を継がなくていいし」 二卵性ではよくあるケースで、俺たちは双子とはいえ顔は似ていない。 それに藤生のほうが背が高く、顔立ちも可愛らしくて、それも俺には うらやましかった。 それでも藤生が大好きで、俺はもう人生が決まっているとしても 藤生は自由に生きて欲しいと願っていた。 ときに父が。 『別に風習に添う必要も無いな。優秀な次男が家を継ぐのも 有りかもしれない』 そう言いだすと、俺は勉強を頑張ると必死に訴えた。 弟の夢を兄の俺が守るべきだと思っていたからだ。
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