プロローグ

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プロローグ

乾電池みたいにマイナスとマイナスがぶつかり合い、くっつけない。 だけど、その絶妙な距離間でこそ、私たちには話せることがあった。 私と落合(おちあい)さんは、ネット上で、そんな風に。 『ホットミルクに角砂糖を一個入れて、熱々のうちに一気に飲むのが好き』 『いくら甘党の俺でも、クリタのそれはできないな』 『やってみてよ、おいしいよ』 『いやでーす』 私の名前が『栗田茜(くりた あかね)』だから、ネットのハンドルネームは 『クリタ』にしていて、落合さんは本名の名字。 こんなに気さくだけど、落合さんが私のネットのブログへと最初に コメントしてきたのは、私が自分だと偽って出してた画像、目や手足や 小物への容赦ないツッコミ攻撃だった。 『これとこれは目のカタチが違う』 『同じポーズで画像の鮮度が変わりまくり』 『化粧の商品が別々で、これだとメイク道具が山積みになる』 『これは高級品すぎるし10代には似合わない』 『ここまで凝ったネイルは専門店でしかやれない、高校生なら無理』 『というかネイルしてるなら爪はもっと長いだろ』 等々......。 『手と指の綺麗さだけホンモノで、あとはウソ。 違うか?なんか反撃してこいよ、お嬢さん』 『すごーい!全部当てるなんて探偵さんみたーい!』 なんて、あたしは歓喜して呆れられて、それから画像は削除した。 そして落合さんの鋭さはそれだけじゃなかった。 『ネットで偽りの自分を出すほどに歪曲しているのは、 実生活が満たされてないから、心の痛みを抱えてるから、違うか? それはなんだ?話しを聞こうか?こっちは引きこもりで暇なんだ』 そうして私は難病の苦しさを、泣きながらコメント欄に書き込んだ。 痩せ細って、みっともない自分が嫌で、偽画像を出したと。 恋人もいるけど重荷になって捨てられそうで、死にたいほど怖いと......。 落合さんは、たくさん話しを聞いてくれた。 そして自身について話すには戸惑うのだと、こう言ってきた。 『不可思議な家系に生まれて、呪いに苦しんでいる。なんて信じるか? 逃げたくて死にたくて、だけどなかなか実行できないでいる』 『落合さん、信じるよ、落合さんは嘘をつく人じゃないって、わかる。 もっと話してくれていいんだよ。私、死にたいけど、辛いけど、 落合さんと話せなくなるのは嫌。矛盾してるね』 「ありがとうクリタ......」 その後、落合さんと私は『死にたいけど死にたくない』という同士で 痛みを分け合って親友になっていった。 日々が過ぎ、私の病気の手術が成功して回復に向かい始めた。 落合さんは、東京の大久保駅近くのビルの三階で探偵事務所を かまえて、人生の再出発を始めた。 「退廃的な生活から、本物の探偵になってみた」と。 よかった、これで互いに解決?そこまでは思えなかったけれど......。 私は、お祝いを兼ねて横浜から大久保まで出向いてみた。 事実上の初オフ会みたいなものだから、ちょっと緊張してる。 大げさにならないようにカジュアルな服装にしたけど、ネイルには こだわってみたり。 栗色にしてるロングのシャギー、乱れてないかな?なんて手で整えてから 玄関のインターフォンを押す。 「へーい、いらっしゃーい」 ドアを開けた紺のスウェットスーツ姿の、痩せた人物が短い髪を掻いた。 マヌケな口調だったけれど、低く穏やかなイケボだった。 こうして初めて顔を合わせた落合さんは。 三十代前後くらいの、彫りの深い渋い顔立ちのイケメンだった。
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