ほうそう、ほうそう。

3/5
前へ
/5ページ
次へ
 がさがさがさがさ、とノイズ交じりの生徒の声が響く。女の子の声のような気がするが、まだ声変わりしていない男の子の声であったかもしれない。中学生ならばまだ声が高い少年もいるからだ。  いずれにせよ、小中学生くらいの子供の声で、意味のわからない放送が流れ始めたのである。 『みなさん、みなさん、みなさん、みなさん。  ただいま、おうまがときになりました。  ただいま、おうまがときがはじまりました。  ただいま、げんせがおしまいになりました。  ただいま、げんせがきえていきました。  いきているかたはすみやかにごたいしつください。のこっているかたに、せきにんはとれません……』 ――はあ?  私はあくびを噛み殺しながら、そう思った。  妙に舌足らずな口調であるためか、内容が全然頭に入ってこない。今、この放送はなんて言っただろうか?何がおしまいになると?生きている方?何かのお遊びだろうか。それとも、何かの訓練放送なのか? ――なんか、面白そうな言葉言ってたような。えっと、おうまがとき……ん?逢魔時?  逢魔時。別名、大きな災いの時間と書いて大禍時(おおまがとき)ともいう。  黄昏時の、魔が闊歩する時間。学校の怪談なんかでも、これくらいの時間が舞台になることが多いはずである。逢魔時が何時くらいなのかは意見が分かれるところだが、確か夕方五時くらいからその範疇に入るのではなかっただろうか。 ――なんか、聞き逃した。えっと、逢魔時がなんだって?なにかがおしまいになるって言ってた気がするけど、何がおしまいになるの?  よくわからない。とりあえず帰らなければ、とトイレの個室のドアの鍵を開けようとした時だった。  かりかり。  何かが、ひっかくような音。まるで猫が爪とぎでもしているかのような音。 「んん?」  聞き間違いだろうか。そう思って窓がある方に視線を向ける私。ちなみに、今入っているのはトイレの、出口から一番奥の個室である。つまり、窓に一番近い位置であるのだが。  かりかり。  かりかり。  かりかり。  かりかり。  ひっかく音が、段々大きくなってきたかのような。まるで、下の階から、壁を伝って何かが登ってきているようである。 ――な、なんなの?  私はごくりと唾を飲みこんだ。最初は猫か何かだと思ったのだが、どうにも音がおかしい。猫だとしたら、爪で壁をひっかきながら登ってくるようなこと、あるだろうか。それも、音が一つや二つではない。いくつもの音が、かりかり、かりかり、かりかり、と数を増やしながらこちらに近づいてきているのである。  どちらかといえば、そう。  鋭い爪を持った小さな生物が群れをなして、こちらに近づいてきているような――。  バンッ! 「ひっ!?」
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加