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がさがさがさがさ、とノイズ交じりの生徒の声が響く。女の子の声のような気がするが、まだ声変わりしていない男の子の声であったかもしれない。中学生ならばまだ声が高い少年もいるからだ。
いずれにせよ、小中学生くらいの子供の声で、意味のわからない放送が流れ始めたのである。
『みなさん、みなさん、みなさん、みなさん。
ただいま、おうまがときになりました。
ただいま、おうまがときがはじまりました。
ただいま、げんせがおしまいになりました。
ただいま、げんせがきえていきました。
いきているかたはすみやかにごたいしつください。のこっているかたに、せきにんはとれません……』
――はあ?
私はあくびを噛み殺しながら、そう思った。
妙に舌足らずな口調であるためか、内容が全然頭に入ってこない。今、この放送はなんて言っただろうか?何がおしまいになると?生きている方?何かのお遊びだろうか。それとも、何かの訓練放送なのか?
――なんか、面白そうな言葉言ってたような。えっと、おうまがとき……ん?逢魔時?
逢魔時。別名、大きな災いの時間と書いて大禍時ともいう。
黄昏時の、魔が闊歩する時間。学校の怪談なんかでも、これくらいの時間が舞台になることが多いはずである。逢魔時が何時くらいなのかは意見が分かれるところだが、確か夕方五時くらいからその範疇に入るのではなかっただろうか。
――なんか、聞き逃した。えっと、逢魔時がなんだって?なにかがおしまいになるって言ってた気がするけど、何がおしまいになるの?
よくわからない。とりあえず帰らなければ、とトイレの個室のドアの鍵を開けようとした時だった。
かりかり。
何かが、ひっかくような音。まるで猫が爪とぎでもしているかのような音。
「んん?」
聞き間違いだろうか。そう思って窓がある方に視線を向ける私。ちなみに、今入っているのはトイレの、出口から一番奥の個室である。つまり、窓に一番近い位置であるのだが。
かりかり。
かりかり。
かりかり。
かりかり。
ひっかく音が、段々大きくなってきたかのような。まるで、下の階から、壁を伝って何かが登ってきているようである。
――な、なんなの?
私はごくりと唾を飲みこんだ。最初は猫か何かだと思ったのだが、どうにも音がおかしい。猫だとしたら、爪で壁をひっかきながら登ってくるようなこと、あるだろうか。それも、音が一つや二つではない。いくつもの音が、かりかり、かりかり、かりかり、と数を増やしながらこちらに近づいてきているのである。
どちらかといえば、そう。
鋭い爪を持った小さな生物が群れをなして、こちらに近づいてきているような――。
バンッ!
「ひっ!?」
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