呪われる山

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 哲人(てつと)は東京に住む会社員だ。東京の大学を卒業後、入社したばかりで、なかなか慣れない事が多い。だが、徐々に仕事を覚えてきて、みんなから信頼を得ている。誰もが将来、高い役職に就くだろうと思っている。  そんな哲人は長野の山間の小さな村の出身だ。だが、15歳で故郷を離れ、高校は長野市で過ごし、高校を卒業するとともに上京した。  哲人は盆休みを利用して、実家に帰っていた。実家は大型連休があるたびに帰っている。ここに来るとなぜかほっとするからだ。東京での疲れが嘘のように取れる。そして、また頑張ろうという気持ちになれる。それはどうしてだろう。哲人にもその理由がわからない。 「盆休みは何をしようかな?」  哲人は田園地帯を歩いていた。田園地帯の先には、連なる山も見える。とても穏やかな風景が広がっている。 「ん?」  と、哲人は近所の女性の立ち話を聞いた。いったい何だろう。気になるな。 「明日、大神山(おおかみやま)に登っちゃだめよ」  大神山はこの村の端にある山の1つで、古くから霊峰として多くの登山客が訪れるという。そんな山が、どうして明日、登ってはいけないんだろう。明日は8月11日、山の日なのに。哲人は疑問に思った。 「そうそう! 生きて帰ってきた人がいないんだって」  登ったら帰れない。登山客は普通にみんな帰っているじゃないか? だったら、俺が大丈夫だという事を証明してやろうじゃないか! 「うんうん。確かに」  立ち話をしている2人は深刻な表情だ。相当悪い噂のように聞こえる。だが、哲人は全く気にしていない。 「本当なのかな? 行ってみるか」  哲人は決めた。明日、あの山に登ってみよう。もちろん、誰にも内緒だ。言ったら、絶対に引き留められるだろう。みんな、この噂を知っているだろうから。  哲人は実家に帰ってきた。哲人の実家は農家で、そこそこ広い。農機の倉庫もある。昔はもっと多くの人が住んでいたらしいが、今は祖母と両親だけだ。  哲人は玄関から実家に入った。大広間には、母がいる。 「どうしたの?」 「いや、何でもないよ」  母は不安げな表情だ。きっと、明日は大神山に戻ってはいけないと思っているから、こんな深刻な表情なんだろう。 「そう。明日は山に登っちゃだめだよ」  やっぱり母も言っている。母もその噂を知っているようだ。結構知っている人が多いんだな。自分はあの時まで全く知らなかったけど。 「うん。ちょっと出かけるけどね」 「そう。気を付けてね」  それを聞いて、母は変に思った。いったいどこに行くんだろう。なにはともあれ、明日は大神山に登っちゃだめよ。 「うん」  哲人は何も知らないかのように、2階の自分の部屋に向かった。母はその様子を、不思議そうに見ていた。出かけるけど、いったいどこに行くんだろう。  翌日、哲人は出かける準備をしていた。目的地は、昨日考えていた通り、大神山だ。何が帰れないだと? 俺が最初の生還者になってやる! 俺の名を歴史に刻むんだ。 「さて、行くか」  哲人は1階に向かった。どこに行くか伝えないけれど、母には伝えておかないと。 「行ってきます」 「行ってらっしゃい」  哲人は実家を後にした。母はその様子を、不思議そうに見ている。できれば今日は、大神山に登ってほしくないな。  哲人は登山口にやってきた。みんなその噂を知っているのか、登山口には哲人以外、誰もいない。とても寂しいが、全く気にならない。 「さて、行くか」  哲人は山を登り始めた。とても穏やかな雰囲気だ。今日は快晴、とても暑いが、東京ほどではない。今日の東京は猛暑日になると言われている。だが、この辺りでは真夏日になるという。哲人はスポーツタオルを肩にかけていた。 「うーん、何も出ないなー」  哲人はその後も登っていく。だが、何も起こらない。クマも出ない。とても静かな山だ。本当に何かが出るという雰囲気がない。噂だけで、嘘なのではと思い始めた。 「なーんだ、それは嘘だったのかな?」  中腹まで登ったその時、哲人は何かの気配を感じた。 「ん?」  哲人は振り向いたが、そこには誰もいない。哲人は首をかしげた。まさか、悪い噂の原因となっている何かだろうか? 哲人は少しヒヤッとしたが、誰もいなと知ると、ほっとした。 「誰もいないな・・・。誰かがいるような気がするんだけどな。気のせいか」  その後も哲人は登り続けた。登山道はとても静かだ。昨日、多くの人が登り下りしていたのがまるで嘘のような静けさだ。  登り始めた1時間、哲人はようやく山頂に着いた。哲人はほっとした。中腹からはなぜかペースが速くなった。登山が楽しいからだろうか? 何はともあれ、山頂に着いた。 「やっと山頂に着いた」  哲人は山頂からの眺めを楽しんだ。よく見ると、実家が見える。ここまで高く登った事を実感できる。そしてよく見ると、青春を過ごした長野市の街並みが見える。本当にいい景色だ。 「きれいだなー」  哲人はしばらく素晴らしい景色を堪能した。 「さて、帰ろうか」  哲人は山を下りようと思った。そろそろ帰らないと、母が心配するだろう。  哲人は山を下りていく。だが、いつも以上に体が軽く感じる。どうしてだろう。今さっきもそうだったけど、明らかにおかしい。徐々に哲人は、自分の体の異変に気付き始めた。だが、悪い事ではないと思っていた。 「あれっ、なんかおかしいな。こんなに早く走れたかな?」  哲人の足が徐々に速くなっていく。こんなに早く走れたかな? まるで犬のようだ。どうしてだろう。 「まぁいいか」  それでも哲人はまったく気にしていない。だが、哲人は気づいていなかった。体中から茶色い毛が生えている事に。 「明らかにおかしいな・・・」  哲人は少し疲れて、足元を見た。その時気づいた。靴を履いていない。犬の足が見える。 「えっ!? 足が? な、なんだ?」  哲人は何かに気付いて、両手を見た。すると、両手が犬になっている。哲人はお尻を見た。すると、犬の尻尾が出ている。 「えっ、犬?」  なんと、哲人は犬になってしまった。  それ以後、哲人の姿を見た人はいないという。
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