ただいま

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 それから1ヶ月が経った。勇夫は徐々に仕事に慣れてきて、東京に戻りたいとすっかり思わなくなった。それより、ここの歴史を継がなければならないと思う気持ちが強くなった。両親もそんな勇夫の後ろ姿が頼もしいと思うようになってきた。この子なら、きっと智の味を引き継げるだろう。  そんなある日、1人の女性が入ってきた。その女性は高い服装を着ていない。そんなにお金を持っていないような感じだった。 「いらっしゃいませ!」  女性は席に座り、メニューを見た。目の前にははや寿司が置かれているが、全く興味がないようだ。 「すいませーん、中華そばお願いします」 「かしこまりました。中華そば一丁!」 「はい!」  女は智に向って注文をした。それを聞いて、智は中華そばを作るように指示した。  勇夫がその女性の前を通り過ぎようとした時、その女性が反応した。その女性は勇夫の事を知っているかのようだ。だが、勇夫はまったく気にしていない。女性の事を知らないようだ。 「ねぇ」 「どうしたの?」  急に声をかけられて、勇夫は戸惑った。先日、高校時代の親友に会ったけど、また高校時代の親友だろうか? 「私の事、覚えてる」 「覚えてない・・・」  だが、勇夫は覚えていない。高校時代の事はあまり覚えていないようだ。東京での生活の中で、高校時代の青春を忘れてしまったようだ。 「文香! 高校時代の同級生!」 「えっ、あの文(ふみ)ちゃん?」  勇夫は思い出した。高校1年生の頃の同級生で、初恋の相手だった。まさかここでも再会するとは。初恋の相手を覚えていないとは。俺は忘れやすいな。 「うん。そうよ」 「東京に帰ってきたと聞いたけど、本当だったんだね」  それを聞いて、文香は驚いた。もう東京に行ったっきり帰ってこないだろうと思っていた。信じられない、もう帰ってこないだろうと思っていた。だが、本当に帰ってきたとは。 「ああ。あれっ、文ちゃん、大阪に行ったんじゃないの?」  勇夫も戸惑った。文香は高校卒業とともに、大阪に行ったんじゃないのかな? まさか、文香も和歌山に帰ってきたとは。大阪でうまくいっていると思っていたのに。何があったんだろう。 「行ったんだけど、帰ってきちゃった」 「そうなんだ」  だが、文香は何も話そうとしない。そして、下を向いている。何か深い事情があるんだろうか?  と、そこに智がやってきた。注文した中華そばを持ってきたようだ。 「お待たせしました、中華そばです」 「ありがとうございます」  文香は注文した中華そばを食べ始めた。 「まさか、また再会するとは」 「思ってなかったでしょ?」  文香は少し笑みを浮かべた。だが、少し暗い表情だ。やはり何かあるのだろう。 「うん」 「先日も友達と再会したんだよ」  文香は驚いた。先日も高校時代の友人と再会するとは。こんなに立て続けに高校時代の友人と再会するとは。運がいいんだろうか? 「そっか。みんな、勇夫くんの事を覚えてたみたいだね」 「そうみたいだね。嬉しいよ」  文香は笑った。それを見て、勇夫も笑みを浮かべた。とても楽しそうな様子だ。そんな2人の様子を見ていた智と三枝子もほころんでいた。 「東京にずっといたかったの?」 「うん。だけど、家を継がなくちゃいけないからね」  それを聞いて、文香は思った。継ぐのは勇夫の兄、隆利だったはずだ。だが、隆利は交通事故で死んでしまった。だから、継ぐためにここに帰ってきたんだな。 「本当は隆利くんが継ぐ予定だったんだけど、あんな事になっちゃってね」 「そうだね。あれはびっくりした」  文香もその事故をを知っていた。まさか、あの勇夫の兄、隆利が交通事故で突然亡くなるとは。勇夫が知ったら、悲しむだろうな。そして、勇夫があの店を継ぐんだろうなと思った。 「でも、頑張らなくっちゃ」 「頑張って、この店を継げるようになってね」 「うん」  勇夫は元気よく答えた。文香も応援している。だから、智に腕を認められて、店の後を継げるように頑張らないと。 「私、本当は大阪にずっといたかったんだけどね」 「何かあったの?」  何か事情があるんだろうか? 自分が本当は東京にずっといた方と思っていたように、文香もずっと大阪にいたかったとは。どうして和歌山に戻る羽目になったんだろうか? 「あんまり言いたくないの」  だが、文香は言おうとしない。言いたくない理由があるようだ。言えないって、よほど恥ずかしい事だろうか? 「そっか。じゃあ、どこかで話してみてよ」 「うーん・・・」  だが、文香は言おうとしない。よほどの事なんだろう。 「話してよ。だって友達じゃないか?」  ふと、文香は思った。ここでは話しづらいのなら、居酒屋で2人で話そう。きっと騒がしさで話があまり気にならないだろうから。 「ここではあまり言いにくいから、居酒屋で話すって事でいい?」 「いいけど」  勇夫は誘いに乗った。今回も明日が休みの日に考えよう。 「空いてる時間、ある?」 「来週土曜日の夜とか」  勇夫は考えた。日曜日は休みだ。酒を飲むと、明日の仕事に響いてくる。ベストの状態で仕事ができないだろう。 「わかった。その日に予約しとくね」 「ありがとう」  中華そばを食べ終わった文香は、料金を払って店を出て行った。その後姿を、勇夫はじっと見ていた。今度は初恋の人と出会うとは。自分はついているんだろうか?
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