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「でも、ひとつだけ聞きたいんだけど」
表情を真剣なものに変えて、問いかける。
元恋人は頷いてくれた。きっと、一方的に別れを告げたことに対し、多少なりとも罪悪感を抱えてくれているのだろう。
「――お前の、新しく好きになった奴って――」
そこまで言うと、俺の肩にとんっと手が置かれた。その手は元恋人のものじゃない。
もっときれいで、傷一つなくて。綺麗に整えられた爪は、まるで女みたいだ。でも、俺は知っている。
この手の持ち主は、男だと。
「二人でなにを話しているの? 俺も混ぜてよ」
場違いなほどに明るい声だった。
その声を聞いた瞬間、元恋人の頬に朱が差す。
……あぁ、全部、嫌だな。
「こ、こ、上月くん……!」
元恋人が、上ずったような声でこの男の名前を呼ぶ。その目はまさに恋する人間のものであり、本当に悔しかった。
そっと男のほうに視線を向ける。少しうねった明るい茶色の髪。目元は優しそうな印象を醸し出しており、驚くほどに整った美貌を持つ男。
上月 亜玲。それが、この男の名前だ。
「あっ、キミ、確か祈の恋人だったよね。もしかして、邪魔しちゃった?」
ニコニコと笑って、わざとらしくそう言う亜玲。が、俺は知っている。
――こいつが、確信犯であるということを。
「いや、もう別れたから。……じゃあな、亜玲。……寿々也」
最後に。もう二度と親しげに呼ぶことがないだろう名前を口にして、俺は立ち上がった。
振り向くことはない。亜玲と元恋人の楽しそうな姿を見る余裕が、心にない。
そのままキャンパス内のカフェテリアを出て、ハッとする。……あぁ、そういえば。
(アイスコーヒー、残ったままだったな……)
飲みかけのアイスコーヒー、片づけるのも忘れていた。……ま、それくらいあいつらがやってくれるか。
だって俺は、恋人を寝取られたいわば被害者なのだから。
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