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俺の人生がおかしくなり始めたのは、俺が五歳の頃。隣の大きめの空き地に家が建ち、そこに亜玲の一家が引っ越してきたのだ。
「初めまして、上月と言います」
亜玲の家はアルファの父親と、オメガの母親。あと、亜玲とその兄の四人家族。身なりはとてもよく、亜玲の父は大企業の御曹司ということだった。……まぁ、それは後から知ったことだけれど。
そんな御曹司の一家が一般の住宅街に引っ越してきたのは、息子たちのためだったらしい。詳しくは知らないけれど。
俺と亜玲の初対面は、お世辞にも悪くはなかったと思う。母親の背中に隠れていた亜玲は、まるで天使とも見間違えそうなほどに愛らしい男の子だった。
ふわっとした黒髪。くりくりとした大きな目。少し自信のなさげな表情。
すべてが、まるで作り物のように美しかった。
「亜玲、あいさつをしなさい」
彼の母親が、亜玲の背中を押す。亜玲は少し俯きがちに口を開く。
「こうづき、あれい、です。……よろしく、おねがいします」
震えた身体。上ずったような声。なにかに怯えているような、愛らしい男の子。
俺は当時ヒーローに憧れていて、亜玲のことを『守る対象』と認識した。してしまった。
「おれはいのりだ。よろしく」
亜玲に手を差し出す。亜玲は少しためらったのち、その手を取ってぎゅっと握ってくれた。
その手の感触は優しくて、弱々しくて。俺は、尚更亜玲のことを守らなくては……と思った。
まさか、この天使のような男の子が悪魔のような男に成長するなんて、思いもせずに。
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