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「あ、亜玲! 落ち着いて」
「俺は落ち着いてる。普通だよ」
絶対に嘘だ。亜玲の手は震えている。あの言動もどう考えても正常なときに出るようなものじゃない。
――亜玲は落ち着いていない。
突然亜玲が俺の身体を引き寄せた。そして、俺の首筋に顔をうずめる。まるで、縋っているみたいだ。
「なぁ、ここは人目が――」
身体を引きはがそうともがく。
周囲の目が何事かとこちらを見ているのがわかる。痴話喧嘩の時点である程度の視線は集まっていた。そこに、亜玲のこの状態だ。注目されないわけがない。
「そんなの関係ない。祈が、祈が悪いからっ――!」
これじゃあまるで駄々っ子だ。普段は余裕たっぷりな亜玲が、余裕を崩している。むしろ、余裕なんて欠片もない。
(――俺が、悪いのか?)
そりゃそうだ。
亜玲の地雷を知らずに踏み抜いたのは俺だ。今回のことは知らなかったとはいえ、俺に責任がないわけじゃない。
(けど、どこで亜玲の地雷を踏み抜いたのかが、わからない)
原因とか理由がわからない以上、謝ったところで意味なんてないだろう。
そう思ったから、俺は必死に思考回路を動かした。
互いになかったことにとか、もう関わるなとか。そんなことを言った覚えしかない。
――それ以外には、なにも。
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