ゆきおんなのお仕事探し

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 ため息をつきながら遊園地を出たとき、人影が近づいてくるのに気づいた。私はおしゃべりに夢中な仲間たちと別れ、その黒いスーツ姿の男に近づく。男は白い顔に張り付けたような笑みを浮かべて、私に会釈をすると、 「こんにちは、六ツ野さん。今日のお仕事はもう終わりですか」  男は「いやあ、暑いですね。雪女の身にはつらいでしょう?」と手のひらでぱたぱたと自分を扇いだが、どう考えても着ている黒いスーツのせいだろう。おまけに白いワイシャツのボタンはきっちり上まで留め、ネクタイまでしっかり締めている。スーツと同じくネクタイも黒いから、まるで喪服のようだ。目元を覆うほど伸びている銀髪も鬱陶しそうで、それが余計に暑苦しく見える。 「田中さん、職場には来ないで下さいって言いましたよね」  私は田中さんを遊園地の背の高い外壁のそばに引っ張ってからささやいた。 「ああ、すみませんね。借金取りに押しかけられるなんて恥ずかしいですよね」と田中さんはさして悪く思っていないように唇だけで笑ってから、遊園地の錆びた門に目をやった。『ドリームレインボーランド』と書かれた派手な電飾付きの看板は薄汚れていて、豆電球は半分ほど割れている。鉄柵に貼られた『閉業のお知らせ』の貼り紙が南風にはためいていた。 「この遊園地が潰れると聞いたものですから、六ツ野さんのことが心配になりまして来てみたのですよ。現役の雪女としてお化け屋敷で働いていたのに、仕事がなくなったんでしょう?」 「心配しているのは、お金のことですよね。今月分がちゃんと返済されるのか」  私は周りを歩く遊園地の従業員、ーー正確には従業員だった人たちだがーーの視線を気にしながら口を動かす。  私が田中さんに借金をしたのはある山を購入するためだ。私の故郷の山。冬になると雪に覆われる小さな山だ。  どうしてもそこを手に入れたくて、私が妖怪仲間の伝手で頼ったのが田中さんだ。田中さんは人間以外のありとあらゆる相手にお金を貸しているという。雪女の私にお金を貸してくれるところなんて田中さんの会社しかなかったから。 「そう怒ったような顔をしないで下さいよ。せっかくの美人が台無しですよ」  田中さんはにんまりと笑って続けた。 「で、どうなさるおつもりですか。借金はあと三千万ほど残っていますが、今日で遊園地のお仕事はなくなったわけですよね」 「……仕事は探します。今月分は今日頂いた最後のお給料から払います」  私はぼそぼそとつぶやいて、古びたトートバッグから封筒を取り出す。その瞬間、田中さんが私の手から封筒をさっと奪い取った。 「ちょっと、何するんですか!」  思わず声を上げて手を伸ばした私をまったく意に介さず、田中さんは封筒の中を改め、ほとんどすべてのお金を引き抜く。 「今月の返済分として頂いておきますね。来月もよろしくお願いします。ちゃんと返済して頂かないと、あなたの山を差し押さえないといけなくなりますから」  唇を噛んだ私に、田中さんは続けた。 「それから、もし次の仕事が見つからなかったらいつでもご連絡下さい。あなた向きのお仕事の一つや二つくらい、すぐにご紹介できますから。それだけの美貌をお持ちですしねえ」  どうせいかがわしい仕事だろう、と言いたくなるのを我慢して私は田中さんの白い手から封筒を奪い返す。田中さんは不気味なほどにっこり笑った。 「今どき、あなたみたいな千年以上も生きている雪女を雇ってくれるところなんてそうそうありませんからね」
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