ゆきおんなのお仕事探し

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「だから言ったでしょう。仕事が見つからないなら、紹介できますよって」  一ヶ月後、私は木造アパートの一室で田中さんと向かい合っていた。最高気温三十八度を記録しているというのに、田中さんは相変わらず真っ黒なスーツ姿だった。「六ツ野さんの部屋はクーラーが効きすぎているので、これくらいでちょうどいいんです」と言っていたけど、その格好で汗一つかかずに外を歩いてきたそうだからたぶんこの人も人間じゃないのだろう。  タオルケットにくるまって寝ている私に、田中さんは麦茶の入ったグラスを渡してくれる。グラスの中で氷がカランと音を立てた。 「すみません、こんな姿で。それにお見舞いまで頂いて」  私は近くのちゃぶ台をちらりと見た。そこには近所のコンビニの名前が入ったレジ袋が置いてあった。中身はレモンシャーベットで、田中さんが買ってきてくれたものだ。そのすぐ横には茶封筒が置かれている。 「そんなことはいいんです」  田中さんは一切表情を崩さず、首を振る。 「どうせハローワークで無理な仕事を紹介されたんでしょう?」  その通りだったが、私は返事をせずにそっぽを向く。  ハローワークで紹介されたのは、クーラーが故障した家や店を冷やす仕事だった。その仕事自体は楽なものだ。空気を冷やすのは得意だから。ただ冷やしている間はずっと外にいなきゃいけない。妖怪の姿が見えるのを嫌がる人間は多くいるから。  ずっと外にいた私は一週間ほど前、ついに倒れてしまってそれ以来家で寝込んでいる。部屋のクーラーの設定温度を十度台にしても暑いくらいで、私はずっと氷水で頭を冷やしていた。 「で、今月の返済分は」 「今月はほとんど稼ぎがなくてーー」  私はなんとか起き上がろうとしたが、田中さんはそれを押し留め、そのくせちゃぶ台の上に置いてある茶封筒から勝手にお金を取り出してスーツの内ポケットにしまう。今月のお給料が出た途端にこの家に来たのだから、お金に対する嗅覚が異常に鋭い。 「私はあなたがお金を返してくれれば何でもいいんですけどね。ただ回収できないと困るので言っておきますがーー」  田中さんはため息をつきながら立ち上がると、相変わらずの無表情で私を見下ろした。 「自分の力をお金に変える方法をちゃんと考えてくださいね」 「……どういう意味ですか?」  田中さんはそれには答えずに、「来月また来ます」とだけ言って出ていってしまう。  自分の力をお金に変える方法かーー。  私はちゃぶ台のシャーベットに手を伸ばす。すっぱい氷の粒が舌にひんやりと心地良い。  現代の人たちはこんな風に手軽に冷たいものを食べることができるのか。私が子供の頃なんて、特に位の高い貴族の人間たちしか食べられなかったそうなのに。だからーー。  その瞬間、「あ」と思わず声が出た。  閃いたから。自分の力をお金に変える方法を。
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