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キサは聡い少女だった。
齢九つにして、男たちの言葉がキサのために掛けられたものでないことは察していた。
(おっちゃん。なにを怖がっているの? 大丈夫、心配いらねぇ。キサはおっちゃんたちを恨んだりしねぇからな)
そして、それを口にしては彼らをかえって苛むとも悟っていた。
だがたとえこの少女が分別に欠けていたとしても……或いは、どうしても伝えたいことがあったとしても、キサがそれを言葉にすることはできなかった。
キサはとても身体の弱い子供でもあった。
風が吹けば目が腫れて、雨が降れば熱を出す。陽気のいい時分でさえ、日に当たりすぎれば目を回し、肌にはいくつも火脹れができた。
五つで風病を拗らせた折、喉が潰れて声が出なくなった。その日から、キサの口は一つの音も紡いでいない。
だから……三つ下の妹でも、四つ下の弟でもなく、キサが切り捨てられた。
弱きものは淘汰される。それは必定、致し方ないことなのだと、キサの心は静かだった。
その凪いだ静けさは、この山を包む空気とよく似ている。
風が渡れば、木々がさやさやと鳴きはするものの、それもなければ山はとても静かだった。
男たちが黙り込んでからは、山道に降り積もった枝葉を踏み締める音だけが、やたらと山中に木霊した。
落ちた杉の枝が、時折り草履の縁を撫でてちくちくとこそばゆい。杉の実が埋もれていたのだろう、草履の下でぱちりと乾いた音が爆ぜた。
そんなごく自然な音でさえ、立てるのを憚られるような厳かな気配を感じて、キサは空を仰ぎ見た。
枝には、やはり鳥たちの姿がある。この山が「とりのこやま」と言われる由縁を垣間見て、キサはほんの少し微笑んだ。
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