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キサと世話役の男二人は、山頂の社を目指した。
山道の縁には、可憐な草橘が湿潤な山の気を吸って生き生きと咲き誇る時節――。大人の足でも険しい山に、ひ弱なキサが挑むのだからそう容易くはない。
汗で着物はずぶ濡れ。とっくに暑さは感じなくなっていた。目の前には、ちかちかと星が舞っている。それでもキサは倒れれば迷惑をかけてしまうと、懸命に足を踏ん張った。
朝靄に煙る鳥居をくぐって山に入ってから、頂きに辿り着くまでの間に、お天道様はすっかり空の天辺に到達していた。
頂きにて、天の原を貫かんと聳えるは、この山の御神木である一本杉――。
この世の始まりから存在していたと伝えられ、大柄な大人が十人で円陣を組んでも、その幹を抱くことはできない立派な佇まいだ。
どれほどの長さがあるのだろうか、ぐるりと注連縄が渡され、古ぼけた紙垂はほとんど樹皮に引っ付いてかさりともしない。
一本杉の周辺は、太い根が手を取り合うように絡み合って足をとられやすい。キサは男たちに手を引かれ、根本に祀られた社の前に連れて行かれた。
石でできた小さな社は、キサでも抱え込めるほどの簡素なもので、一本杉と並ぶとまるで取るに足らないもののようだ。
男たちは社と一本杉に深く跪拝する。何度も、何度も――。その姿はまるで、許しを乞うているかのようだった。
「腹が減ったら口に入れろ。な?」
「……すまんなぁ」
キサに小さな紙の包みを手渡すと、男たちは山を下り始めた。もう決して振り返らない。振り返っては、山に残してきたものに取り込まれてしまうからだ。
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