ものは試し

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ものは試し

 ちょっと怖くなった友人の話なんですけれどね。  週末にファミレスへ集まって、いつものように他愛も無い話をしていたときのことです。普段なら同僚や会社への愚痴だとか、同級生が結婚したとか子どもが生まれたとか、なんてことない話ばかりしている仲なんですが……その日はちょっと違いまして。  Aが少し、不思議な話をし始めたんです。  彼女の飼っていたインコが、脱走してしまったところから始まりました。Aが以前からずっと可愛がっていた、青色の羽が綺麗なインコの話です。名前はルリといって、私も何枚か写真を見せてもらったことがあります。そのルリが数ヶ月前、窓を閉めていたはずなのにいつの間にか、家からいなくなっていたそうです。 「逃げ出せる場所なんて無かったはずなのに……家中探しても結局見つからなかったの」 「それで、どうしたの?」 「どこにもいないなら、外へ行っちゃったのかもって。だから、迷子の張り紙を作って、あちこちに張りながら探したわ。そうしたらね……」  張り紙を作り、近所の知り合いに声をかけ、手を尽くしてルリを捜索したそうです。もう少し長引けば、私たちにも相談するつもりだったのだとか。けれどルリは張り紙の効果もあって、2日後には見つかったとの連絡が入ったそうです。  たまたまルリを保護してくれていた方が張り紙を見てくれたそうで、Aへ連絡をくれたおかげで無事、ルリは家に帰ってきました。  しかし、発見された当初からルリはかなり衰弱しており、家に着く頃には殆ど身動ぎもできなくなっていたのだとか。結局病院も間に合わず、ルリは翌日、亡くなってしまったそうです。 「元々小さな子だったし……カラスとか猫とかに、いじめられたのかもしれないって、お医者さんが」 「そっか……残念だったね」  不思議なことが起こったのは、それからです。  ルリを天国へ見送り、悲しんでいたAの元へ、一本の連絡が入りました。それは、まだ回収されきっていない張り紙を見たという人からの「ルリを保護している」というものでした。Aは最初、虚偽の連絡ではないのかと疑ったそうです。だって、ルリはもう帰ってきたのですから。  その人が保護したというインコの写真を送ってもらい、どこか違う特徴があるだろう、それを指摘してやろうと思ったそうなのですが、どこから見てもその写真は、驚くほどルリに似ていたそうです。  同じ種で、たまたまその子もルリに似ていたとか、そういうことがあったのかもしれません。後から保護されたルリは元気いっぱいで、今もAによく懐いているそうです。鳴き方や甘え方、好きなご飯やオモチャまでルリそっくりらしく、今でも見分けがつかない、とAは言います。 「もしかしたらそっちがルリだったのかもしれないね」 「かもしれない。でも、最初に保護された子がルリじゃないとも、私には思えなくて……」 「うーん、私たちにはもっとわからない話だけど」 「……それに、もしかしたら本物のルリはまた別にいて、もう一回、ルリが見つかりましたなんて連絡がきたらどうしよう、なんて考えちゃって」 「それは……あったとしても、Aならどの子も大事にするでしょう?なら、大丈夫よ」 「そうそう、見分けがつかないならどっちだっていいじゃない!」  そのとき、ついさっきまで興味なさそうにコーヒーを飲んでいたBが、急に口を挟んできました。かと思えば、ぎょっとするような言葉を吐き出しました。なんてこと言うの、と私が窘めても、Bはなぜ私が文句を言うのかわからない、といった顔できょとんとしているのです。 「いい話をきかせてもらったわ、ありがとうね!」  Bはぐいっとコーヒーを飲み干すや否や、Aにお礼を言ってさっさと帰ってしまいました。Aの話は不思議ではあるものの、亡くなったインコのことを考えれば“いい話”などとどうして言えるのだろう。あのBがペットを飼ったなんて話も、聞いたことがありません。私はAと顔を見合わせ、首を傾げることしか出来ませんでした。  それからしばらく、Bは顔を見せることはありませんでした。  普段から食事はBから誘われることが多かったので、私もAも自然と、顔を合わせる機会が減っていました。その後のAの話が気になったので、久しぶりに二人に声をかけようかと、駅前のお店を調べていたときのことです。駅の掲示板で、何やら話し込んでいるBを見かけました。  どうやら駅員と揉めているらしく「あと一回!一回でいいから!」と何度も叫ぶ声が聞こえました。何があったのだろうと近づいたところで、駅員に背を向けたBがこちらに気がついて、声をかけてくれました。 「あら!久しぶりじゃない」 「あ……うん、久しぶり。何してるの?」  振り返ったBが持っていたものを見て、私はぎょっとしました。Bは“行方不明の子どもを探しています”と書かれた張り紙を持っていたのです。最初は誰かの手伝いでもしているのかと思ったのですが、間違いなくBは、自分の子どもを探しているのだと言いました。 「今はたぶん、9歳くらいかな。写真もないから自分で想像の絵を描くしかなくってね?きっと、成長したらこんな風になってるはずなのよ~」  Bは駅員がいなくなったのをいいことに、手際よく張り紙を貼り始めます。先ほど揉めているように見えたのはこれを貼ろうとしたせいなのではと、私はBを止めようとしたものの、Bは「いいのいいの」と、なんてことないようにさっさと貼り付けてしまいました。 「Aがインコを探すために張り紙を作ったって言ってたでしょ?それを聞いてピンときたのよね~」  Bは私が訊ねるより先に、貼り付けた嬉しそうに事のあらましを私に話し始めました。  慣れない絵を描いてみたが、まあまあ上手く出来たとか。できた張り紙を貼っていたら早速、描いた絵にそっくりな男の子が現れたとか。 「ようやく「見つけた!」と思ってすぐに私、その子の腕を引いたのよ。そしたら、急に泣き出しちゃってね。そりゃあ感動の再会だもの、泣いても仕方ないかあなんて思ったんだけど。子どもの泣き声って、すごく響くじゃない?そうしたらすぐ、その子のお母さんが悲鳴上げてすっとんできちゃって。……人違いだったみたいね」  Bの絵はお世辞にも、子どもの判別ができるような上手な絵ではありませんでした。まるで小さい子が描いたイラストに、詳細な情報を文字で書き連ねたような張り紙でした。彼女の後ろに貼られた張り紙には「こうたくん 9さいくらい さがしています」という、手書きの文字が大きく描かれているのが見えます。 「その後もね、色々書き直してはあちこちに張ってるの。何人もこうたっぽい子には会えたわ。でも、あの日会った子以上にそっくりな子は、なかなか会えなくてね」 “性格は優しい子、でももしかすると、わんぱくに育ってるかもしれません。” “笑うとえくぼがかわいいです。ひこうきの絵がかかれた服が好きです。” “お母さんのことが大好きです。”  読めば読むほど、じっとりとイヤな汗が噴き出るような張り紙でした。 「ねえ、よかったら手伝ってくれない?今日はもうちょっと遠くまで、貼りに行こうと思ってるの」 「ええっと……その前にひとつ、聞いても良いかな」 「何よ」 「Bってさ、その……子ども、産んだことない、よね?」  私の知る限り、Bには子どもがいたことはありません。  そもそも旦那さんどころか、彼氏の話も聞いたことがないのです。時折マッチングアプリなんかの愚痴をこぼしているのを聞いたことがあるくらいでした。実は私の思い違いで、こんなことを聞けばBを怒らせてしまうのではないか。そう思いつつも、私は堪らずBに問いました。 「ないよ?……あは、だからこれからゲットするんじゃない」  私の予想をある意味裏切るように、けろっと笑ってBはそう言ったのです。私は、立っている靴の底から、ぞわっとした何かが這い上がってくるのを感じました。今日は忙しいからとBの誘いを断って、私はBから逃げ出しました。そしてすぐに、Aに電話をかけます。 「そっかぁ……Bってそんなこと考えてたんだ」 「あの張り紙、本当に怖かったよ。どうしよう、警察に言った方がいいのかな……」 「……大げさじゃない?自分の子の見分けがつかない親って、さすがにいないと思うし」 「でも、知らない子の手を引いて、連れて行こうとしたみたいだよ?近くに親がいなかったらと思うと……私やっぱり、どうにかすべきだと思う」 「そうだねぇ、どうせなら施設の子とか、困ってる子に手を差し伸べれば良いのにね」  なぜか、Aとも少し会話が噛み合わない気がして、私はモヤモヤの晴れないまま通話を終えました。そのモヤモヤのせいで、なんとなくAには話せていないことが一つあります。私が弾かれたようにBから逃げるとき、彼女がぽつりと溢していた言葉がどうしてもひっかかって、今も頭から離れないのです。 「あと一回見つけたら、もう選り好みはやめようかな」
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