甘夏ソーダのゆううつ

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 夏って不思議な季節だ。  あんなに憂鬱で煩わしく感じていたのに、いざ終わりを迎えようとすると猛烈に寂しい。  まるで苦楽を共にしてきた仲間達と今生の別れをするように、心にぽっかりと穴が空く。  春の終わりも秋の終わりも、冬の終わりだってこんな気持ちにはならない。  夏の終わりだけは狂おしいほど甘酸っぱくて、ほんの少し苦い。 「何飲んでんの?」  高校生活最後の夏休み。  クラスの有志で集まったお好み焼き屋さんのお座敷で、隣のイズミが話しかけてきた。  二枚目のお好み焼きを作るとき、席が代わってイズミが隣に座ったのを、さっきから内心ずっとドキドキしていた。 「……甘夏ソーダ」  どうにかそう答える。彼は「甘夏?」とピンときていないふうに聞き返すと、わずかに私に近づいた。  胸がドクッと高鳴って、息をするのも苦しい。  微かに爽やかな香水の匂いがしたことに驚いて、余計にときめいてしまう。 「一口ちょうだい」  そう言って私のグラスに手を伸ばす。 「いいけど……」  ドキドキしながら、彼が私のグラスに唇をつけるのを見上げた。  この人、こんなに男の人っぽかったっけ。  たった数十日会えなかっただけで、随分大人びたような気がする。  私服のせいなのか、ひとまわりガッチリした感じがするし、横顔が凜として見えた。  見渡すと、皆それぞれ一学期とは顔つきが微妙に違って見える。  峠を越えた貫禄のような、感傷に耽る艶やかな感性を手にしたような。  夏が来る度に人は一皮剥けるものなのか、と、何も変わっていない自分が置き去りにされたような焦燥感に胸がざわめいた。 「……結構美味いな」  だけどくしゃっと笑う顔は私の恋した彼のままで、少しだけホッとする。  一学期の頃、隣の席になりよく話すようになってから、イズミへの片想いが始まった。  こんなふうにして距離感が近く、思わせぶりな態度をとる彼にあっさり惹かれてしまったのだ。  けれどこの夏、花火大会にもプールにも、図書館へすら誘われなかったので、この恋は報われないものだと半分諦めている。  今日会えるのが嬉しくて買ったワンピースも、ワントーン明るくした髪も、全部自己満足。 「………………」 「……なに?」  頬杖をついてじっとこちらを見てくるイズミに気後れしてグラスを傾ける。  そうやって惑わせても、私は覚悟しているから。  この人は天然で、無自覚に人を魅了する天才だって。 「あのさ、……俺達付き合わん?」  突然の提案に、甘夏ソーダは喉の奥でシュワッと弾けた。
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