お花山を推す

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 にぃしぃー、おはなぁーやぁまー  呼び出しと同時に、周囲のおっさん、おばさんたちがわっと盛り上がる。 「よっ、新横綱(よこづな)!」 「がんばれ、お花山(はなやま)ぁー」  おれはいちいち反応しない。まっすぐ土俵へ向かった。  ひがぁーぃしぃー、あさのぉーはぁらぁー  今日の相手は、平幕の朝ノ原(あさのはら)だ。互いに上がり口で一礼し、仕切り線まで進んで拍手、四股(しこ)を踏む。  一つひとつの所作をこなしながら、おれは朝ノ原を観察した。背は高い、だが四股を踏む足に力強さを感じない。しょっちゅう稽古をさぼっているせいだ。はっきり言って、敵じゃない。  そう判断したところで、朝ノ原の背後に立つ男と目があった。おばさんたちから「イケメン」と人気のツラが、おれをじろりと睨み返す。  東の横綱、海道(かいどう)。おれの宿敵だ。ずっと競い続けて、冬の対戦では負けてしまったが春にはおれが勝った。今場所も勝ちたい。千秋楽まで全部勝って、結びの一番でやつを倒すのだ。そのためにも、朝ノ原なんかに手こずっていられない。 「構えて、構えてぇ」  向かい合って腰を下ろすと、場内は静かになった。朝ノ原は落ち着きがない。コバエみたいに飛び回る視線が、おれの目にふと吸い寄せられてピタリ止まった。  その瞬間、おれは一気に飛び出した。朝ノ原がハッと右へ動く。いまさらかわそうってか。遅いんだよ。  勢いよくぶちかますと、もともと腰の浮いていた朝ノ原は吹っ飛んだ。あっという間に土俵ぎわまで追い詰め、とどめに肩を張り飛ばす。朝ノ原は大きくのけぞり、土俵から転げ落ちた。  電光石火の決着に、おおーっと歓声が上がる。尻もちをつく朝ノ原を、おれは土俵に引き上げてやった。ふん、稽古さぼってサッカーなんかしてっからだぞ。 「おはなぁーやまぁー」  勝ち名乗りを受けて土俵を降りる。歓声には応えず、さっさと花道を下がった。結びは海道の一番だが、そんなの見てやるもんか。師匠が何か声をかけてくるのを、聞こえないふりでとおり過ぎる。後でどやされるんだろうなあ。めんどくさ。 「お花山!」  おっさんたちの野太い声とは違う、高い声がおれを呼んだ。会場の出口で、小さな体が飛び跳ねている。 「ユウキ」  目が合うと、ユウキは花がぱかーんと咲くみたいな笑顔になった。 「お花山、白星おめでとう!」 「おう」 「明日もがんばってね!」  そう言って手を伸ばしてくる。おれは少し腰をかがめて、小さな手のひらにぱちんとハイタッチしてやった。
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