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この田舎町の伝統行事である子ども相撲は、小学校が休みになる春と夏、そして冬に開催される。うちは父さんも爺ちゃんも横綱だったらしく、おれも小さなころから稽古をつけられていた。
四年生で入幕すると同時に、おれは勝ちはじめた。場所ごとにどんどん番付を上げて今年の春休み場所、海道に勝って横綱になった。小五ですぐ横綱になれるのは珍しい。周囲は大喜びしていたけど、師匠だけは「まだ早い」と反対した。
その師匠は予想どおり、帰ってくるなり説教をはじめた。
「おいお花山、お前ぇ最後の張り手はなんだ。横綱は横綱らしく、どっしりした相撲を取らんかい」
「ちょっと小突いただけだっての……。ていうか、家ではお花山って呼ぶなよ、爺ちゃん」
おれの文句に師匠、もとい爺ちゃんは目をむいた。
「なんでだ、お前はお花山で合ってるだろが」
「だって、ださいんだもん。お花山なんてさあ」
「花山家のしこ名がお花山で何が悪い!」
じゃあ花山でいいだろ、なんでお花山なんだよ……と言い返したかったが、爺ちゃんの血管が切れたら困る。おれはその場から逃げ出すと、家を出てぼろい自転車にまたがった。夏の空はまぶしい。スポークがきしむのを無視してガンガン漕ぐ。さっきシャワーを浴びたばかりなのに、あっという間に汗だくになった。
「おお、お花山。今場所もがんばれよお」
「はい! ありがとうございます!」
道端で近所の爺さんに声をかけられ、挨拶を返す。無視しようものなら「横綱がそんなことじゃいかん」と文句が来てしまう。相撲で褒められるのは嬉しいけど、常に注目されているのはけっこうしんどい。
おれは自転車を町の外に向けた。漕いで漕いで、商店街を抜けたあたりから坂道に入る。傾斜がきつくなってきたところで自転車を降り、徒歩で登った。
町のすぐ裏手にある山は、標高が低く登りやすいので町の人に親しまれている。
「お前もあの山みたいにどっしりと、大きな相撲を取るんだぞ!」
幼いころ、爺ちゃんはよくおれに言っていた。力士のしこ名で「山」や「海」にかかわる名前が多いのは、自然の大きさ、力強さにあやかるためらしい。あのころは、山も爺ちゃんも果てしなく大きく見えたもんだ……。おれ自身が大きくなると、物の見え方はずいぶん変わった。
「山っていうか、丘だよな」
十分ちょっと歩いただけで山頂に着いてしまう。手洗い場で水を飲み、大きな木の根本に座ってぼーっとした。
しこ名はともかく、おれは相撲が好きだ。真っ向勝負の力比べは楽しいし、勝ったときの拍手と声援は気持ちいいし。
けれど横綱になってから数か月。ひと気のない山のてっぺんで、ホッとしている自分もいるのだった。
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