お花山を推す

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 海道は、おれとほぼ同時に前に出た。体どうしが音を立ててぶつかり、それ以上進めなくなる。おれの突進をがっちり受け止め、海道は素早く上手を取ってきた。強く引き付けられた瞬間、足もとがふわっと浮きかけてぞっとする。 「海道、いいぞー!」 「お花山、こらえろお!」  おっさんたちが叫んでいる。くそっ、好き勝手言いやがって。背が高く腕の長い海道は、おれを高波のように吊り上げようとしている。吊られたら負けだ。おれは何とかやつの右上手を切り、手首を押さえて動けなくした。 「よい、はっきよい!」  膠着状態になったおれたちに、行司の声と観客の声援が降りそそぐ。その中にユウキの声が聞こえたような気がして、おれは歯を食いしばった。  体じゅうが熱い。目の前が真っ赤だ。いま全身から流れているのは、汗ではなく血なんじゃないかと思う。このままじゃ辛い、まわしを切って差し直したい。だがそのタイミングが狙い目になることを、お互いによく知っている。ここは我慢比べだ。力を入れっぱなしの二の腕とふくらはぎがぴくぴく引きつる。指先がしびれ、感覚がなくなってきた。まるで深海にいるみたいに音がこもって息苦しい。ちくしょう。こらえろ、こらえろ……。  そして、海道の力が緩んだ。ほんの一呼吸分だが、おれは見逃さなかった。相手の前まわしをつかみ、頭をその胸につけてまっすぐ構える。 「うぐぐぅっ」  向こうづけの体勢から、おれは海道を押した。壁のようだったやつの体がずずっと下がり、歓声と悲鳴が沸き起こる。  だが海道も横綱だ。すぐにおれのまわしをつかみ直し、左右に振って崩そうとする。そこから先は無我夢中だった。おれたちは互いに相手を揺さぶり、振り回しながらほとんど同時に土俵を越え、そのまま転がり落ちた。  もう夏休みも終盤だというのに、昼間の空気はじりじり暑い。山を登るような人は他にいなくて、山頂は明るく寂しく照らされていた。汗だくになった顔を、おれは持ってきたタオルでめちゃくちゃに拭った。目もとがヒリヒリするのは汗のせいだ。泣いているわけじゃない。  手洗い場で顔を洗い、ついでに水も飲む。いつもの木陰で座り込むと、急にセミの鳴き声が聞こえてきた。アブラゼミやミンミンゼミに混じって、ツクツクボウシが鳴き出している。すごくうるさいような、静かなような。  ぬるい風が吹いてきて、木の葉を揺らす。おれは雑草の間に寝転がった。ごつごつした木の根とあったかい土を背中に感じる。丘みたいな山だけど、この山が草も木もセミも育てているんだよなあ。  おれは久しぶりに、自分がちっぽけになったような気がした。その感覚は悪くなかった。
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