お花山を推す

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「……ちゃん、お兄ちゃん!」 「へっ……」  うとうとしかけた意識が引き戻される。顔を上げると、小さな人影が坂道を登ってくるのが見えた。  おれは飛び起きた。 「ユウキ! お前、何やってるの? お母さんは?」 「ううん、おれ一人で来た」 「ばか、一人で登るな! 迷子になるぞ!」 「へいきだよー、保育園のお散歩で来たことあるもん」 「それでもだめなの! 熱中症になるし、誘拐犯にさらわれるぞ!」  これは、帰ったらおれがお母さんに叱られるやつだ……。ため息が出る。お母さんの怒りは、爺ちゃんの百倍怖いのだ。  とりあえず手洗い場まで連れて行って水を飲ませ、汗びっしょりの顔を拭いてやる。その間、ユウキはじっとおれを見ていた。言いたいことがあるのに遠慮しているような顔つき。落ち着かなくなる。  おれは「はい、終わり!」と宣言してユウキから離れた。木陰にもう一度寝転んで目を閉じる。それから、何でもないように言った。 「悪かったな。負けて」 「ううん!」ユウキはすっ飛んできた。「みんな、すごくいい相撲だったねって言ってたよ。じいじもだよ」 「爺ちゃんはおれが負けた方がいいと思ってるんだな」 「ちがうよ、すごく悔しそうにしてたよ。……おれも悔しかったよ」  その言葉に薄目を開ける。見上げるユウキの顔は、嫌いなピーマンを食べているときみたいに歪んでいた。 「……へえ、そう」 「そうだよ。ていうか、おれは引き分けだと思ったし。だって全然負けてなかったもん。そりゃあ、じゅん優勝になったのもすごいけどさあ。でも、もう一回やってたら、ぜったい海道に勝ってた。優勝だったよ」  ぶつぶつと、おれより往生際が悪いことを言っている。そのようすに、こいつ本当に「お花山」が好きなんだな、と思った。お花山が負けようが、横綱らしからぬふるまいをしようが関係ない。遠くの星を見つめるみたいに、ただまっすぐ見ていてくれる。  ファンの気持ちなんて、いつまで続くかわからない。ユウキはまだ小さいし、来年には飽きて恐竜オタクに戻っちゃうかもしれない。だとしても今、その気持ちに応えられなきゃ嘘だと思った。 「ユウキ」  おれは頭の下に敷いていた右手を引っこ抜き、ユウキの前に差し出してみせた。ユウキはハッとして、自分も手を伸ばすと嬉しそうにぺちんと当てた。 「おつかれさま! 次の場所もがんばってね!」 「おう。ありがとな」
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