クレイジーメックライダース

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 天を劈くような唸りが数多の神経を揺さぶる。吹き付ける風に赤色に染めた髪が巻き上がり、打ち付ける蒼い雨は痛みすら伴う。出鱈目にぶちまけたパレットのインクをべたりと滲ませたような景色が視界の端を流れ去ってゆくなかで、眼の前に広がる景色だけはコマ送りの映像のように、はっきりと止まってすら見えるようだった。 「さぁ、ライダー剣山(つるぎやま)はファイナルラップへと突入! ラップタイムは……23秒31! 素晴らしいレコードです!」  エンジン音を割り砕く様にして騒々しい実況が耳を掠める。電子化されたロードマップの表示された端末を横目で眺めてみれば、少し離れた位置から追走してくるライダーの影が映し出されていた。 「ここでライダー銃樹(つつき)もファイナルラップだ! ラップタイムは……23秒28! シュータータイプのライドメックカスタムとしては脅威の追走を見せています!!」  信じられないスピードだ。四輪自走するシュータータイプのライドメックは、後方からの高火力で前方を走行するライダー達をなぎ倒すことができる反面、その重装備によって最高速度を制限されがちなはずだが。 「まずいな……」  風の壁をハンドルの刃で切り裂きながら独りごつ。見ずとも、見える。俺の背後を捉え、鈍く輝く銃口を突きつけてくる影が。わずかにでも隙を見せれば、俺の体はいとも簡単に吹き飛ばされ、オフロードの堆肥に成り果てるだろう。ダメージによる負荷を想像し、たらりと冷たいものが流れるのを感じた。  『クレイジーメックライダース』とは、とある業界で流行り始めた3Dモーターサイクルゲームである。プレイヤーは電子サーキットへとダイブし、自らがカスタマイズした自走機器『ライドメック』へと搭乗してその速さを競うというものだが、それだけではない。このゲームの最もクレイジーな点は、ライドメックに武装カスタマイズを施し、『ライドキリング』を仕掛けられることだろう。  ライドキリングとは、レース相手に武装攻撃を仕掛けることでメックを破壊し、走行不能に追い込む技術のことである。クラッシュしたライダーは当然吹き飛ばされ、身体的ダメージを模した痛みを受けることになる。凄惨な事故を疑似体験したライダーは、ショックにより意識不明に陥ることすら珍しくないとか。 「ここで引き剥がせばッ!」  眼前には大きなヘアピンカーブが待ち受けていた。重火器を装備する銃樹のメックは、当然総重量が重くなっているはずだ。ともすれば、コーナリングの際に遠心力で外にはじき出され易くなるはず。ここで速度を持ったまま駆け抜けることなど出来はしないだろう。俺は最高速を保ったまま、二輪駆動の優れた機動力を活かし鋭いコーナリングで内を突く。よし、減速はしていない。これなら。  爆音。突如として、背後から。実際に聞いたことがあるわけではないが、硬い岩盤をダイナマイトが吹き飛ばすような音と比喩すれば良いか。遅れて右肩に突き刺さるような熱。ダラリとした粘性の液体が体を伝う感触。そして、抉れるような痛み。前方から注視を外すわけにはいかないが、恐らく砕け散った礫が突き刺さったのだろう。理由は極めて明快だ。奴の放ったエネルギーバズーカだろう。 「……捉えたよ」  威圧感。真後ろから。風圧に踊る横髪の切れ目を縫って届いた声は、警鐘に跳ね上がる鼓動よりずっと重く低く鼓膜を震わした。 「おいおい……なんであのカーブで詰められンだよ!」  思わず叫ばずには居られない。俺のライドするブレードタイプのメックは、その装備の軽量さ故に加速性能に優れている。その上でライドキリングの性能を大幅に削り、最高速度を底上げしているのだ。速度はこちらが上、コーナリング性能もこちらが上、半周近い大きなリードも持ち合わせていた、だと言うのに。鈍重なシュータータイプのメックで巻き返してきたのだ。はっきり言って化け物である。  再びの爆音。次の爆風はかなり遠くからだ。俺を狙い撃ったわけではないのか? では、一体―――― 「――考え事? 余裕そうだね」  ゾクリとした悪寒が走る。薄灰色の長髪が頬を撫でる。低く重いアルトボイスがリフレインする。ハンドルを握る手が震える。その声が聞こえたのは、隣からだった。何故だ? 速度はこちらが上のはずだろ? どうして急に隣に? 「次で、仕留めるから」  冷たい決意に満ちた声は少しずつ背後に流れていく。笑う膝を集中力でねじ伏せる。両手が空いているのならば、そっと胸をなでおろしていただろう。どうやら、速度で負けているわけでは無いらしい。ならば、さっきの爆音の正体は。 「後ろにブチ込んで推進力にしてンのか……」  銃樹のエネルギーバズーカは、メックの車輪が回転するエネルギーをカートリッジに蓄えて放出するタイプの武装だ。戦乱の時代に用いられた大砲を近未来化した様な形状と膨大な質量を誇る、その巨大な砲身から放たれる凄まじいエネルギーは、着弾地点の半径3m程を容易に吹き飛ばしてしまう。そして、膨大なエネルギーを放出するということは当然、反作用も大きくなる。それを利用し、一時的な加速装置として活用していたらしい。そう考えれば、その前の砲撃の正体も明らかだ。カーブに打ち込むことで外に膨れる車体を内側に弾き飛ばし、強引にコース取りを正したのだろう。破片による攻撃はただのオマケだ。この狂気のレースにおけるセンスもさることながら、馬鹿げたほど重量のある金属の塊を振り回し、前に後ろに銃口を入れ替え用いるその膂力には、開いた口が塞がらない。  幸いにも、加速に用いた分でカートリッジに蓄えられたエネルギーを使い切ったらしい。俺に向けてライドキリングを仕掛けることはなく、重い車体に引きずられるかのようにしながら引き下がっていった。だが、安心など到底出来はしない。ここはすでに奴の射程範囲だ。次にエネルギーが累積すれば、俺の体は奴の勝利を祝う紙吹雪の一部になりかねない。 「引き剥がすには間に合わないか……だがなァ!」  俺は吠える。幸いにもコース終盤だ。今回のコースには巨大なループセクションが配置されている。速度を維持したまま縦方向に360度回転するループを駆け抜けるギミックだ。ここを抜ければゴールまでは一直線。奴の砲撃の格好の的となるだろう。仕掛けるのならば、ここしか無い。 「……ハハッ、ハハハッ! 怖ェなァ!!」  しくじれば自滅は免れない。成功したとて勝利までつなげるかは未知数。起死回生の一手と呼ぶには、あまりにも急ごしらえで頼りない切り札。だが、それでいい。俺が有する最強のカードは、ちっぽけな勇気と、みっともないプライドなのだから。  俺は、よくいる貧困層の生まれだ。病弱な父が体にムチを入れながら稼いだ金で義務教育を終えた。高等部からは推薦を獲得した。幸い、同年代の男たちに比べて背丈が高く、優れた動体視力と刹那の集中力を持ち合わせていた俺は、バレーボール部として進学を勝ち取ったんだ。学費も控除となり、親父は大層喜んでいた。コレ以上の苦労をかけるわけにはいかなかった。プロ選手として活躍することができれば、もっと家を楽にさせてやれる。あんな環境で俺をここまで大切にしてくれた、その恩を忘れた日なんて有りはしなかった。遠い地の学校だ。寮に入るため、一時の別れを告げて、希望を胸に俺は旅立った。  だが、現実は非情だ。俺が持ち合わせた才能は、あまりにも掠れたものだった。筋力は女子部にも劣り、体力は中等部に劣る。フットワークは一般人程度のもので、高等部のエリート達にはついていくことすらままならなかった。 「次の試合、結果が出ないようなら考えておきなさい」  それが、監督と交わした最後の言葉になった。逃げ出すように寮を飛び出して、ギラギラしたネオンの雨に蹲って朝日を迎えた。道端に転がった缶ビールの飲み残しを拾い、一息に煽った。あの惨めさと悔しさと申し訳無さをブレンドした味は今でも忘れられない。  ヤケを起こすわけにはいかなかった。頑張ってるよ。いつかテレビに映ってやるからさ、なんて。拾った硬貨を握りしめ、町外れで俺みたいに生き延びる電話ボックスに嘘をついた。この言葉が真実になる日は二度と来ないとわかっていても。  転機は思ったよりも早く訪れた。人通りなんて無いに等しい路地裏に隠れるように貼られた一枚のビラだ。とあるレースに出場すれば、それだけで金になるというものだった。年齢・性別・経歴なんて関係なかった。きっと、後に引き返すことは出来ないのだろう。だが、そんなことはどうでもよかった。最後に聞いた親父の声は、苦しげな呻きだった。姿が見えずとも、医者に掛かれず苦心しているのだと確信した。命を削り、俺を育てた親父に、次は俺が返す時だ。いつの間にかたどり着いた住所の、牢獄のような鉄扉を数度叩いた―――― 「……っ! 何をする気?」  澄ました仏頂面が困惑に染まる。ハハッ、その面が見たかったぜ! 視界が一周するこのループ中には、ご自慢の大砲の狙いなんて定まらねぇだろうが!  ジェットコースターがループを駆け抜ける時、レール側に働く遠心力によって乗客は振り落とされる事なくコースを駆け抜けることができる。このループセクションも原理は同様だ。メックから振り落とされずにループを走破するためには、相応の速度が必要となるわけだ。 「ちょっ……嘘だよね!?」  では、走行中に速度が急激に落ちた場合はどうなるだろうか?答えは、簡単だ。 「ハッ……クハハハハッ! 本日の天気は雨、時々人間とメックが降ってくるでしょうねぇ!!」  俺と俺のメックは中空を舞っていた。俺の作戦は単純明快。このまま走り続けても殺されるだけなら、走り続けるのをやめちまえば良い。ループセクション中はさしもの銃樹も無茶な走行はできない。それはつまり、速度とコースを読みやすいということだ。 「ヨォ、邪魔するぜぇ!」  博打も博打だった。速度が、コースが、タイミングが。何かが少しでもズレていれば、俺が着地していたのは硬質なレース場で、真っ赤なトマトに成り果てていたところだろう。  俺は銃樹のメックに着地すると、驚愕しつつもドライビングに集中する奴の大砲に手をかける。冷たく、硬質で、重厚な感触。コレを悠々と振り回している持ち主に戦慄を覚えつつも、エネルギーバズーカの銃口を進行方向の真逆に向けて構える。今回の大博打は終わりではないのだ。 「まさか、飛ぶつもり? 君、死んじゃうよ?」  銃樹がこの砲撃の反動で吹き飛ばないのは、メックにベルトで固定してあるからだ。生身の体でこんな化け物を打ち込もうものなら、きっと。 「悪ぃな。もう二度と負けたくねぇんだよ」  奴には俺がどう見えただろう。勝ち誇ったように笑っていただろうか。恐怖で震え泣いていただろうか。まぁ、どうでもいいな。  カチリという静かな音が響く。次いで、凄まじい爆音とともに、景色が流れ霞んでいく。しばらくの間そうして、最後には凄まじい衝撃とともに眼の前の景色が赤黒く火花を散らして消えていった。 「ら……ライダー剣山、自らのメックを乗り捨て、ライダー銃樹のメックに飛び移りましたぁ! 更に強奪したバズーカにより単身飛翔! その推進力のままにゴールゲートをくぐり抜けました……! 鋼色のバズーカが鈍色に輝く軌跡を残したその姿は、達人が振るう居合の剣閃がゴールゲートを叩き切ったかの様な美しさだぁ!!」    無機質な緑色のコンクリートを進む。何故わざわざここに足を運んでいるのか、自分でもよくわからない。強いて理由を一つ、無理にでもつけるとしたら、心配なのかな。『剣山』と記されたプレートの部屋をノックする。返事はない。当たり前だ。そっと扉を開いて中に入る。大げさな器具に繋がれた彼が、そこに横たわっていた。  クレイジーメックライダースの中で死を経験した人間が意識不明に陥ることは珍しいことじゃないらしい。殺したことは沢山あっても、死んだこと無いからわからないけど。意識が戻るかどうかは、人によって違うらしい。医者――かどうかわからないけど――が言うには、その人間が持つ執着心によって決まるそうだ。その点で言えば、彼は一切心配いらないね。  戯れに顔を覗いてみる。痩せこけて、傷だらけで、みすぼらしい。目には分厚い隈があり、ほんの少し見える歯はちょっと黄ばんでる。あんまり良い生活はしてなかったんだろう。  彼とは今回が初勝負だった。話したこともなければ、どういう人間なのかもまるで知らない。はっきりとわかることは、どうしようもなく強い執念を宿した、とてもきれいな目をしていることくらい。 「久しぶりに楽しかったよ。また走ろうね」  気づけば、そんなことを呟いていた。物心ついた頃から狂気の坩堝に飲み込まれていた私にとって、正気のままに走る彼は、興味の対象だったらしい。きっと彼はすぐに目を覚まして、レースにエントリーするはず。今度はちゃんと吹き飛ばして勝つぞ。無邪気な笑みを浮かべ、鼻歌を歌いながら、私は彼の病室を後にした。
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