ヒーローの帰る場所

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「なんで?」 「私達は、魔王を倒して、魔族を駆逐するしか平和への道はないと思っていたんです。でも、あの方は……魔王を倒せる力を手にしてもなお、魔王を倒すのではなく、和平交渉を目指すべきといいました。町を、みんなを守りながらも、魔族の事情にも配慮するべきだと。……誰かがいなくてもいい世界なんて、本当の平和ではないからと。自分は、みんなを助けるヒーローに……魔族さえ助けるヒーローになりたいんだと」 「……っ!」  その言葉に。私は、泣きたい気持ちでいっぱいになった。 ――大海、さんだ。  間違いなくその言葉は、その信念は。 ――あの人だ。……あの人じゃなきゃ、そんな言葉は出てこない。  わかっている。  そもそも彼が見知らぬ人間を見捨てられるタイプなら――異世界転移なんて承諾していないだろう、ということは。  そしてもし、転移したのが彼でなければ。きっとマーテルの世界は“魔王を倒して人間だけが平和になってハッピーエンド”で終わっていただろうことは。 「……馬鹿じゃないの」  本当に馬鹿だ。  待っている人の気持ちも知らないで。 「本当に馬鹿」  それでも。  何故神様に彼が選ばれたのか、彼でなければいけなかったのか、わかったような気がしてしまったのだ。  そもそも。大海さんでなければ、魔王との件が解決したらすぐ帰ってきていたかもしれない。復興支援だとか、事後処理なんて面倒なことも考えずに。 「……あと三日で、目途がつきます」  マーテルは、私が泣いていることに気付いたからだろう。静かな声で、心の底から申し訳なさそうに言った。 「そうしたら、彼を元の世界に返す予定です。それまで、待っていてくれませんか」  そして、魔女のような三角帽子を外し、うやうやしく礼をしてきたのだった。 「菊池大海さん。その奥様の菊池樹奈さん、そして息子の菊池海斗さん。皆さんに、クリフィアの民一同を代表して……心よりお礼を申し上げます。本当の本当に、ありがとうございました」  もやもやした気持ちが、完全に晴れたわけじゃない。  彼が帰ってきた時、私には一発ぶん殴る権利くらいはあるだろう。それでもだ。 ――私はきっと、彼の妻であることを……家族になれたことを、心から誇るべきなんだろう。  玄関の鍵が開く音がする。  この家の鍵を渡しているのは、現在一人だけ。私はリビングで、顔を輝かせた息子の手を引いてそちらへ向かった。  言いたいことはたくさんある、でもまず、今は。 「ただいま」  ドアを開け、一年ぶりに見た愛しい顔が滲む。  滲ませながら、私は言うのだ。 「お帰り」  ヒーローの帰る場所は、ここにある。
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