ヒーローの帰る場所

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 ***  その日からは、本当に大変だった。それこそ、大変なんて言葉では言い尽くせないほどに。  金銭面の苦労や忙しさもあったけれど、それ以上に私を苦しめたのは“彼がいなくなった理由を説明できないこと”である。確かに、秘密にしておけと彼が言ったのもわからない話ではない。息子の海斗は思ったことをすぐ口にしてしまう性格だから、父がいなくなった理由を黙っていろと言われてもなかなか難しいだろう。そして、異世界を救いにいったなんて言ったら笑いものにされていじめられるのが目に見えている。元いじめられっ子の大海さんだからこそそれが想像できたのだろう。  しかし、黙っていた場合は、客観的に見て“彼が私と海斗を捨てて出て行った”ようにしか見えないはずだ。  いくら部屋からいなくなった状況が不可能犯罪さながらだとしても、何も見てない知らない第三者はいくらでも好き勝手が言えるものである。  私はパートの仲間たちからも、友人たちからも、親戚からも同情された。あるいは、“私に何か原因があったから逃げられたのでは”と心無い噂をする人も現れた。  何より一番つらかったのは、息子が泣きながら言った言葉である。 「ねえ、ママ。なんで、パパいなくなっちゃったの?パパ、いつになったら帰ってくるの?」  あどけない瞳、問いかけ。そして。 「あのね、ようちえんのみんながね。カイトのパパは、カイトをすてていなくなったんじゃないかっていうの。みんなのママがそう言ってたっていうの。ちがうよね?パパ、カイトとママのこと、きらいになったんじゃないよね?ちゃんとかえってくるんだよね?」  私は息子に、“パパは人助けの旅に出た”とそう説明した。けれど、そんなぼんやりとした言葉で簡単に納得はできないだろう。じゃあいつ帰ってくるの?という問いに答えられないから尚更に。  だから、私は。 「……ごめんね、海斗。本当よ。本当にパパは、私達を嫌いになったんじゃないの。いつ帰ってくるかはわからないけど、いつかは必ず帰ってくるの」 「いつなの?ねえ、いつなの?カイト、パパにあいたいよ。パパ、カイトのサッカーみてくれるっていったのに、こなかったよ。なんで?パパぁ……」 「ごめんね、海斗。ごめんね……」  世界を救うヒーローの家族はこんな気持ちだったんだろうか。私は、人気のヒーロー映画やアニメ映画が見られなくなってしまった。  昔は、物語に描かれるままのハッピーエンドだと感動できたのだ。ヒーローが悪役を倒して、世界が平和になる。ヒーローが悪役と相打ちになって死んでも、みんなはヒーローにありがとうと言いながら感動的な涙を流す。私も共感して一緒に泣くことができたし、拍手をしていた。でも、今は。 ――仮に、本当にどこかの世界とやらが救われても。そして、それがこの世界の平和にも繋がっていたとしても、私は……。  自分は、あんな物分かりの良いヒロインになんかなれない。  物語の作劇上、きっととても都合の悪い――ヒーローの足を引っ張って、余計なことばかり口にするお荷物にしかなれないのだろう。  それでも、私は人間で、演出上都合の悪い感情を消されるモブじゃない。彼の妻で、家族で、海斗の母親なのだ。 ――世界が救われても、愛する人が帰ってこないなら……そんな平和なんか、要らない……!  最低なことばかり思ってしまう。自分勝手だとわかっている、でも。  一体誰に、そんな私を責める資格があるだろうか。
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