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ヒーローの帰る場所
昔から、正義感の強い人ではあったのだ。
私と彼が出会ったのは複数の大学合同で行われた飲み会でのこと。他大学の女の子が酔っぱらったOBに絡まれているのを助けたのが彼、大海さんだった。
『やめてください。嫌がってるでしょ!』
元々そのOBは、みんなからあまり好かれていない人だった。男女問わず気の小さい人ばかりを標的にしてイヤミを言うし、出会って早々人の胸ばっかりじろじろ見てくるしで。
絡まれていた眼鏡の女の子は明らかに気の弱そうな文学少女で(大学生なのに少女と呼んでいいのかもわからないが、童顔で小柄だったのでそう呼びたくなる見た目であったのである)、胸とお尻が結構立派だった。そのせいだろう、コップを持ったまま近寄ってきた彼が隣に座った時も、嫌だとは言えなかったに違いない。腕を引き寄せるふりをして明らかに胸の側面を触っていた。気持ち悪い男だと思いつつも、私も絡まれたら怖いので助け船が出せなかったのである。
そんな中、遠くから見つけてこちらに駆け寄ってきた彼は立派だ。
OBよりずっと細身で、相手とは違って平均的な身長の彼。それでもしっかり先輩を叱った彼。
当然OBはブチギレて、酔った勢いも相まって大海さんを堂々と罵倒してきた。それでも彼はけして屈せず、大海さんが声をかけても女性から離れようとしなかったので、最終的には強引に腕を掴んで引き離したのである。
『離れてあげてください、ここはみんなで楽しく飲む場でしょ。女の子に酷いことする場所じゃないです!』
『んだとてめえ!?』
大海さんは、思い切りOBに突き飛ばされ、殴られそうになった。しかしここにきて流石に看過できないと思ってから他の先輩たちが止めに入り、最終的には一番上の先輩が“警察呼びますよ”と脅したことで強引に収束したのである。
大海さんは擦り傷を負った。
私は絆創膏を持っていたので、彼に近づいて簡単な手当をしたのである。
『勇気あるんですね、菊池さんって』
菊池、というのが大海さんの苗字だ。
彼は苦笑いして、“だって許せなかったんですもん”と言った。
『理不尽な暴力、っていうのが大嫌いなんです。昔から、黙ってられなくて。いじめられっ子だったからかな。……俺は、みんなが笑ってられる世界がいいんだ。そのためにできることがしたいんだ。誰かがいなくていい世界なんて、本当の平和じゃないしさ』
とてもありきたりなシチュエーション。
でも私は、“いじめられっ子だったから、誰かを助ける側になりたい”と、そう語る彼に心から共感したし――強いと思ったのだ。私も小学生の時、いじめまがいの目に遭ったことがある。でも結局彼とは違って、“自分と同じ目に遭う人が出ないように助けよう”という方に考えることができなかった人間だ。
『……貴方は、すごいね』
この人みたいに強くなりたい。
今思うと、そう考えた時点で私は一目惚れをしていたと思う。
なんとなく連絡先を交換して、なんとなく会うようになって、気づけば本気の恋になっていて。彼が見知らぬ人に席を譲ったり、見知らぬおばあさんを助けたりというベタな光景を見るたびに思うようになっていたのだった。
誰かをいつも守る彼のことを、私は守れる人になりたい、と。だから。
『貴方の事が好き。……結婚してください!』
付き合ってから七年後。うっかり逆プロポーズをしていた。
彼は目をまんまるにして、最初に出会ったように困った顔で笑ったのだ。
『もう、参っちゃうな。……俺から言おうと思ってたのにさ、樹奈』
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