公爵夫人と乗馬の教師 - une leçon pour la Duchesse -

1/1
前へ
/9ページ
次へ

公爵夫人と乗馬の教師 - une leçon pour la Duchesse -

 ルドヴァン公爵夫人イオネ・アリアーヌ・コルネール教授は類い稀なる才媛だ。  幼い頃から独学で大陸の共通言語である標準マルス語の他、エマンシュナ方言のマルス語、イノイルのマルス語、異大陸で話されるエル・ミエルド語など多言語を習得し、今や死語となったイノイル古語までも研究の対象にしている。  それだけでなく、天文学や歴史、数学にも明るい。大学教師としてユルクス大学にいた頃にはその立場を利用してしばしば高名な数学教授の講義を「見学」し、学生に混じって匿名で論文を提出した結果うっかり最高成績を修めてしまったり、農学博士の研究に半ば強引な形で「助手」として関わり、長年成功例のなかったブドウの品種改良をうっかり成功させてしまったりした。  私生活でも才能を遺憾無く発揮している。  かつて母や妹たちと暮らしていた屋敷の浴室は、どちらかと言えば質素と言えた当時の彼女たちの生活ぶりに不釣り合いなほど巧緻な造りだった。かまどから壁の中を通る特殊な管を通して浴室へ蒸気と熱を運び、床と壁の石を温めて浴室全体に湿気と熱気を行き渡らせる構造で、浴槽に溜めた湯の温度も下がりにくい工夫がされている。これを設計したのも、誰あろう当時十代の少女だった公爵夫人だ。  興味を示す方向が幅広く、それらを習得するまでに時間を要さない。素晴らしく多才なのだ。  そんな彼女にも、苦手なことがある。  料理、運動、乗馬がそれらの代表格で、中でも乗馬は最たるものと言える。  イオネは自分に苦手なことがあるということを許せない性分ではないから、これまでそれらを強いて習得しようとは思ってこなかった。が、最近は必要性を感じることが増えてきた。 「乗馬の先生を紹介してくれないかしら」  と、イオネが夫ルドヴァン公爵アルヴィーゼ・コルネールに相談したのは、晩餐の席だった。  家族のためのこぢんまりした円卓に、公爵夫妻と二人の幼い子供たちが侍女のソニアと養育係のマレーナに付き添われながらちょこんと座って食事をしている。 「おかあさま、お馬のれんしゅうするの?」  三歳の息子オクタヴィアンが細かく切られたニンジンのソテーを口に運びながら訊ねた。その隣では、すっかり遊び疲れてしまった様子の娘ニケが、小さなジャガイモの刺さったフォークを握りしめたままこくこくと頭を上下に振っている。胡桃色の髪がスープに着水する寸前で、侍女のソニアがニケの身体を抱き止め、口の周りを布で拭った。  イオネは目を細めて息子に言った。 「そうよ、イアン。上達したらわたしがあなたに教えてあげられるわ」 「乗馬の先生は俺にしておけ、イアン。イオネに任せたら馬の生態についての座学から始まるぞ」  アルヴィーゼがニヤリと息子に笑いかけた。 「あら。乗る前に馬の生態を理解することは重要よ」  イオネは大真面目だ。アルヴィーゼは苦々しげに眉を寄せた。 「お前は徹底しなければ気が済まないだろう。座学に何日掛ける気だ」 「馬は繊細で奥深い生き物よ。彼らと信頼関係を築くためには生物学的な観点から――」  オクタヴィアンは「座学」の意味が分からず可愛らしい目をまん丸くして両親の討論を見ていたが、すぐに飽きてソニアに今日捕まえたトカゲの話を聞かせながら夕食の皿を空にした。  ソニアがフォークを握ったまま眠ってしまったニケを抱き上げ、お腹が満たされてご機嫌なオクタヴィアンの手をマレーナが引いて食堂を後にすると、食後の冷たい蜂蜜酒を手にイオネがちょっと不満げに唇を開いた。 「…反対なのね」 「なぜそう思う」  アルヴィーゼは白々とブランデーに口を付けた。 「いつも返事の早いあなたが乗馬の先生について口にしないのは、わたしに紹介する気が無いからよ」  イオネは唇を尖らせた。もし反対するなら、自分で調達するまでだ。  アルヴィーゼにも、イオネの肚は読めている。反対したところで素直に聞く女ではないことは、分かりきったことだ。 「本気で習う気があるなら考えるが、なぜ今更?」 「馬車より馬の方が機動性が高いからよ。教え子のリンドさんが最近になって習得したと聞いて、わたしもやってみる価値はあると思ったの。苦手なことを何の試みもなく苦手なままにしておくのは、教育者としてなんだか癪だわ」 「癪、か。お前らしい」  アルヴィーゼは一瞬唇を緩めた後、ふむ、と長い指を唇に当てて思案し、グラスをテーブルに置いて小さく頷いた。 「なら、俺が教える」 「え…。あなたが?」  イオネが眉の下を暗くした。 「不満か?」  アルヴィーゼは奥歯を噛んで笑い出しそうになるのを堪えた。妻のいやそうな顔が堪らなく可愛い。 「あなたじゃ集中できないもの」 「なぜだ」  いかにも心外だと言うように目を見開いて見せた。が、イオネの考えていることは分かる。イオネは言い出しにくそうに唇を結んだが、アルヴィーゼが揶揄うように唇を吊り上げると、頬を赤くしていきりたった。 「あなたがいつも…手を出してくるからよ!」 「手を。どんなふうに?」  イオネの肌をぞくりとさせる低い声だ。唇は誘惑するように弧を描き、切れ長の目が淫靡に細まって、深いエメラルドリーンの目がイオネの顔を映した。スルリと手の甲にアルヴィーゼの長い指が触れ、ゆったりしたドレスの袖の中に入り込んで、腕を這い上がってくる。 「ん?」  アルヴィーゼはイオネの羞恥を愉しむように微笑み、その腕を掴んで立ち上がらせ、自分の方へ引き寄せた。 「そういうところよ」  そう言って不満げに頬を膨らませたイオネの顎に、アルヴィーゼは歯を立てた。腰に手のひらを滑らせると、ドレス越しに熱くなった体温が伝わってくる。 「もう!アル――」  アルヴィーゼは文句を最後まで言わせず、妻の魅惑的な唇を覆って、この夜もその身体を手に入れることに成功した。  乗馬のレッスンが始まったのは、翌日の昼下がりのことだ。イオネは朝から不機嫌だった。 「腰が痛いわ。脚も」  城の庭園を厩舎に向かって進みながらこちらをじろりと見上げてくる妻に、アルヴィーゼは機嫌良く笑いかけて身を屈め、柔らかい陽光に照らされて透き通るような彼女の頬にキスをした。膨れっ面のくせにキスを拒絶しないあたりがいじらしい。  イオネは今日の乗馬のために、髪を低い位置で一つに束ね、スカートにスリットの入ったドレスを着、その下には薄地のズボンを履いている。履き慣れない乗馬用の長いブーツに足を取られそうになったところをアルヴィーゼが抱き止めて、意地悪そうに片眉を上げた。 「これくらいで音を上げるようでは、乗馬は諦めた方がいいんじゃないか」  イオネはムッとして反論しようとした。が、やめた。痛みの原因は昨日散々に抱かれたことだ。脚を高く上げられたり、後ろから激しく攻められたり、いつもはしない体勢にされたりしたせいで身体が悲鳴を上げている。それを分かっていて愉しんでいるこの男に恨み言を言ったところで、悦ばせるだけなのだ。 「やるわよ。わたしがこれまで本気で習得しようとしてどうにもならなかったものはないんだから」  イオネが顎を上げて胸を張ると、アルヴィーゼはやさしく目を細めて手に持っていたつば付きの帽子をイオネの頭に乗せた。  イオネはどきりと心臓が小さく跳ねたことがひどく悔しくなった。  この男のこういうところが狡い。至上の容姿を持っていることを自覚しながら、こちらが予想もしていない折を見計らって、心の無防備な部分に触れるような表情を見せてくる。  イオネはちょっとした動揺を悟られないように帽子を深く被り直し、さっさと厩舎へ足を向けた。  厩舎では、若い馬丁のフレデリックがやや小柄な馬を用意していた。つやつやした栗毛の美しい馬で、たてがみと尾は麦の穂の色をしている。 「初めての子だわ」  イオネの声色に少しだけ不安が滲んだのは、あまり自分が動物に好かれる方ではないという自覚があるからだ。犬やネコがあちらから近付いてくることは、稀――と言うより、ほぼ皆無だ。 「名前はピレーヌです。大丈夫ですよ。人見知りで仲良くなる相手をじっくり選ぶ傾向がありますが、頭が良くて穏やかな子です。きっと奥さまと気が合いますよ」  フレデリックが手綱をイオネに渡し、にこやかに主人夫妻を送り出した。妻と二人で過ごしたい主人に馬場まで付き添うような無粋をする者は、この城にはいない。 「よろしくね、ピレーヌ」  イオネはピレーヌの白い斑点のある茶色の鼻先を撫で、馬場へ向けて歩き出した。ピレーヌは耳をピンと立てて、イオネを観察している。 「頭の良いやつだ」  アルヴィーゼは軽快に言って、自分の芦毛の愛馬の手綱を取り、真っ白な鼻先を撫でた。  夫が身体にべたべた触ってきて集中できないのではないかというイオネの予想は、見事に外れた。拍子抜けするほどだ。  馬に乗るときに手を添えたのが唯一の接触で、アルヴィーゼ自らも騎乗し、乗馬の姿勢の見本となったり、つま先を鐙に引っかけてぷるぷると脚を震わせながらバランスを終始保てないイオネに苦笑まじりに助言したりした。  とは言え、助言というほどやさしいものではない。 「重心を保て、イオネ。それじゃピレーヌが憐れだ」 「尻から頭までまっすぐと言ったろ。踵もその延長線上だ。こら、なぜすぐ前傾する」 「下じゃなくて前を見ろ。お前が行き先を決めるんだぞ」  アルヴィーゼは容赦ない。自ら乗馬の教師として名乗り出た理由が分かった。きっと他の者に任せたらみな遠慮して満足に指導できないと考えたのだろう。  生徒としてのイオネは、アルヴィーゼの予想を外れて従順だった。  適切な体勢を保つのは下手くそだが、それを自覚して逐一「どうかしら」「これでいい?」などと確認を求めてくる。最初はおっかなびっくりして馬の背に跨がるのも一苦労だったものの、一時間ほど経つ頃にはだいぶ慣れてきたようだった。ゆっくりピレーヌを馬場の柵に沿って歩ませながら、首を撫でて話しかける余裕も出てきたらしい。 「かかとで軽く腹を押してみろ」  そう言ってアルヴィーゼは馬の腹をぽんと蹴り、馬を走らせた。イオネが見本通りにすると、ピレーヌがサッと速度を上げた。グン、と後ろに引っ張られるような衝撃で、足元がグラリと揺れる。 「きゃあ!」 「ほら、重心!バランスを保て!」  イオネはぐっと鞍を掴み、背を伸ばして前を見た。  爽やかな風が頬を撫でて通り過ぎ、馬場の草を揺らして、空が迫ってくるようだ。 「すごい!走ってくれたわ!」  イオネがきらきらと顔を輝かせ、優しく笑うアルヴィーゼを振り返った。  ピレーヌは数メートル先ですぐに止まってしまったが、イオネの向上心を刺激するには十分な成功体験だった。  結局この日、イオネは軽速歩まで習うことに成功した。馬の動きに合わせて、騎手が尻を浮かせるのだ。これが、日頃から身体を動かす習慣のないイオネにとっては大関門だった。が、苦手なものを克服に近づけたのだから及第点だ。  そしてこの日の夜、晩餐と湯浴みを終えて寝室に戻ったイオネを襲ったのは、脚と腰と尻に響く今までに経験したことのない痛みだった。 「出産の後を思い出すわ」 「大袈裟だな。運動不足が祟っているんだ」  寝台に俯せで寝そべったまま動くことができなくなったイオネに向かって、アルヴィーゼは揶揄うように笑いかけた。寝衣の襟が気怠げに開き、胸に精悍な隆起の影が踊っている 「毎日馬に乗る人はすごいわね。今までこんなに体力を使うことだって知らなかったわ」  イオネの移動手段は、主に馬車だ。遠方でなければアルヴィーゼがイオネを同乗させて出かけることもある。そういうイオネにとっては、一人で馬を駆った今日は正に、新しい世界を知った日だった。 「それで、続ける気か?」 「あら。このわたしがこれくらいで音を上げると思ったの?」  と、強気で言ったが、身体のあちこちが訴える悲鳴を聞く限り、少なくとも明日は無理そうだ。  この時、唇を吊り上げたアルヴィーゼの目の奥が不機嫌そうに翳ったのを、イオネは見逃さなかった。 「なるほど」  アルヴィーゼが低い声で言い、寝台を軋ませて縁に腰を下ろすと、イオネの身体の左側に手をついて、雨雲が広がるようにゆっくりと覆い被さった。 「厳しさが足りなかったな。お前に甘くしすぎた」 「甘く?冗談でしょう」  イオネは目をぎょろりとさせて反論しようとしたが、大きな手が腰を這い、労うような優しさで硬くなった筋肉を解すように触れてくると、その心地よさがイオネに文句を忘れさせた。 「んん…でも、乗馬の先生としてなら、思ったよりもずっと優秀だったわ。とても楽しかったもの。今までどうしてしなかったのかしらって悔しいくらい」  イオネは暗く甘い雰囲気に騒ぎ出した心臓を無視し、身体を横に向けて、夫を見上げた。手のひらから布越しに伝わる熱が、次第に自分の肌に染み込んでゆく。 「そうか」  アルヴィーゼのエメラルドグリーンの目が、剣呑に光った。  せっかく今日一日でずいぶん上達したというのに、この上なく不満そうだ。不機嫌とまでは行かないものの、何かこちらの不義を責めるような険が、その声色に滲んでいる。 「よくやったって、褒めてくれないの?」 「お前が一人で馬に乗れてしまっては、俺にとってはうまみがない」  ふ、とイオネは息を吐いた。アルヴィーゼの手が腰を押し、そのまま脇へと流れてきたからだ。 「どうして?」 「わからないのか」  アルヴィーゼの声が誘惑するように首筋を撫で、手が脇から鳩尾へ這い上がって、胸元を留めている紐を引いて襟を開き、寝衣を引き下ろして、ゆっくりと白い背を暴いた。  ひくりとイオネの肌が震えた。  乳房を背後から掬うように、アルヴィーゼの手が伸びてくる。 「一人でできることが増えるのは良いことでしょう。子供たちにもそう言っているじゃない」  イオネの声に熱が混じり始める。  アルヴィーゼは指の腹で硬く立ち上がり始めた乳房の先端を撫で、波打つ胡桃色の髪をよけて首の後ろに吸い付いた。イオネが小さく声を上げると、ちょっとした不満が情欲と同化して血を熱くした。 (鈍感な女だ)  アルヴィーゼはおかしくなった。  イオネは正しい。何でも一人でできるに越したことはない。一般的な観点から言えば、多くの貴婦人が嗜みとして自分で馬に乗るように、コルネール公爵家の女主人であるイオネも、王国における貴婦人の模範としてそうするべきだ。苦手意識があったとしても、イオネほどの女なら克服する能力を持っている。それは夫の欲目を無しにしても間違いない。  それでも今まで一度も乗馬の訓練を勧めなかった理由は、何でも一人でやろうとするこの女がアルヴィーゼに頼りたがる数少ない物事のひとつが、騎馬での移動だからだ。  結婚してから間も無く四年が経とうとしているのに、男女の間のそういう機微を、イオネはまだ理解していない。 「…まあ、いい」  アルヴィーゼはイオネの背に吸い付いて痕を残し、イオネがそれに気付いて咎める前に顎を掴んで唇を塞いだ。  ふっくらと柔らかい唇がアルヴィーゼの唇に応じて小さく開き、その間から舌を挿し入れると、イオネも舌でアルヴィーゼの中に触れて来る。控えめに浅い部分をつついて舐める仕草が、アルヴィーゼの忍耐を嘲笑った。  唇が離れる瞬間、名残惜しげに下唇をイオネの舌が這い、熱っぽく潤んだスミレ色の瞳がこちらを見た。 「わからせるまでだ」  二度目に襲ってきたアルヴィーゼの口付けは、嵐のようだ。  イオネの身体はあっという間に精悍な夫の肉体に制圧された。二人の指が絡まり合い、野獣に貪られるような口付けがじくじくと腹の奥からイオネの欲望を溶かし出して、吐息に熱を滲ませた。  イオネの手を拘束していない方のアルヴィーゼの手が豊かな乳房を覆い、爪弾くように先端に触れて、その愛らしい変化を愉しんでいる。 「あ…!」  アルヴィーゼの舌が耳を這い、感覚を奪うように中に入ってくる。快楽が全身を襲い、イオネの五官をアルヴィーゼが支配し始めた時、それを自覚した身体が堪らなく熱くなって、心臓がふつふつと騒ぎ出した。――身体が奥まで満たされたがる合図だ。  乗馬の稽古のせいで身体中が悲鳴を上げている。それなのに、快楽が痛みを凌駕してイオネの衝動を色濃いものにした。アルヴィーゼの唇が首筋に吸い付き、鎖骨を辿って胸の間に下りてくる。その優しい感触が、ひどくもどかしかった。 「ふ」  アルヴィーゼが甘やかな吐息に笑みを乗せて、イオネの胸に舌を這わせた。先端に触れない位置で、舌が円を描いている。 「足りないのか?」 「…っ、アルヴィーゼ」  声が上擦った。身体が熱を持て余して、震えている。 「あちこち痛むと言うから(いたわ)ってやってるのに」  愉しむような声だ。アルヴィーゼの長い指が乳房の下を這って、羽が触れるような柔らかさで腰に触れ、鳩尾に唇が落ちてくる。  イオネは堪らずアルヴィーゼの寝衣を掴んだ。アルヴィーゼの唇が腹へ下りてきて、黒い髪がその軌道をイオネの白い肌に刻んでゆく。 「う、んん…っ」  アルヴィーゼの舌が鼠径部を這ったとき、イオネの脚がびくりと跳ねた。 「ねだって見せろ、イオネ。どうして欲しい」  イオネの身体の奥から衝動が起きた。アルヴィーゼの髪に指を挿し入れて耳に触れ、顎をなぞって、唇に触れた。  脚の間でアルヴィーゼが首を上げ、イオネに誘惑の視線を向けている。エメラルドの海に呑まれてしまうような、強烈な感覚だ。 「こ、ここで…もっと、奥まで――」  ふ、とアルヴィーゼが目を細めてそこに顔を埋め、下着を剥いでイオネの中心に吸い付いた。 「あ…!」  熟れて熱くなった内側に、アルヴィーゼの舌が入り込んでくる。奥に指が挿し入れられた瞬間、イオネは溢れる快楽に耐えかねて腰を反らせ、悲鳴を上げた。 「そんなに動いていいのか?身体が痛むんじゃなかったのか」 「う。だ、だって…、あなたが――ああっ!」 「俺が?」  声色にこの上ない愉悦が混じっている。  秘所を探られ、感じやすい場所をつつかれて、全身を駆け回る快楽に眩暈がする。 「あなた今日、意地悪だわ」 「心外だ」  淫靡な音が響くほど中心を強く吸われた瞬間、イオネの意識を絶頂の波が襲った。内部で動く指の節の形までをも感じてしまうほどに秘所が収縮して痺れ、アルヴィーゼがそこから指を抜くと、奥からどろりと欲望が溢れ出した。  イオネは息を切らせながら、熱に浮かされたような目で淫らな夫の姿に釘付けになった。自分のもので濡れた指を舐める仕草がイオネの情動を煽り、その肉体を更に強く求めさせる。  イオネの膝がアルヴィーゼの腿に擦り寄り、しなやかな(かいな)がしどけなく開いて、アルヴィーゼを待っている。  燭台の灯りがアルヴィーゼの頬で踊り、満足そうな笑みを映した。 「俺が欲しいか」 「欲しいわ。来て…」  アルヴィーゼは焦らすことなくイオネの腕の中に身を沈め、熱くなったその身体を強く抱き締めて、唇を重ねた。イオネはアルヴィーゼの寝衣の紐を引き、開いた襟から柔らかい手を滑り込ませて硬い胸に触れた。ズボンのボタンを外すと、その下で既に中心が硬くなっている。 「アルヴィーゼ」 「なんだ」  柔らかい唇を啄みながら言った。もうすぐにでもイオネの中に入りたくて、声が掠れる。 「わたしが乗馬を楽しいと思ったのは、あなたが先生だからよ。わたしが一人で馬に乗れるようになってもあなたがわたしを同じ馬に乗せたいのなら、そうしてあげるわ」  アルヴィーゼは思わず破顔した。  スミレ色の瞳を潤ませ、頬を赤くして、この上なく蕩けた顔をしているのに、言葉だけは強気だ。可愛くて堪らない。 「そうだな。従順な生徒の悪い教師でいるのも、悪くない」  アルヴィーゼは挑発するように言って、イオネの甘い叫びで耳を満たしながら、その奥に自身を沈めた。  熱くうねるイオネの身体が、アルヴィーゼに激しい快楽をもたらし、理性を奪う。  筋肉痛がひどくなるだろうから加減してやろうと思っていたが、生憎そんな余裕はない。イオネも狂おしいほどの欲望を持て余しているのだから、お互い様だ。  律動に耐えるように上腕にしがみ付いてくるイオネの手をそっと外して、自分の首の後ろへ導いた。イオネが甘く荒い呼吸を繰り返しながらアルヴィーゼの身体を引き寄せ、もっと奥へと誘うようにしがみ付いてくる。 「あ、あっ…」 「悪い子だな。教師にこんなことをさせていいのか?」  ぐり、と最奥部を突くと、イオネが高い声で叫んだ。ぎゅう、とアルヴィーゼを締め付けて、全てを奪おうとしてくる。 「ばかね。先生…」  イオネはその背徳的な響きを愉しむように官能的な唇を吊り上げ、アルヴィーゼの淫らな口付けに応じ、脚をアルヴィーゼの身体に絡みつかせた。  増してゆく熱と快楽が律動を更に激しいものにし、やがて二人の境界がなくなって甘美な忘我が夜を覆い隠したとき、イオネは夫の腕の中でとろとろと眠りに沈んだ。  結局、イオネの身体の痛みは三日では治まらず、次に乗馬のレッスンに臨むときには全て振り出しに戻っていた。  アルヴィーゼにとっては、イオネの調教に時間を掛けることは至上の悦楽だ。アルヴィーゼは久しぶりにおっかなびっくり馬に跨がろうとするイオネの尻を満ち足りた思いで眺め、鞍に腰を落ち着かせて安堵した表情を眩しい思いで見上げた。  ――さて、今夜はどう可愛がろうか。  多才な妻が思い通りにならないときであっても、コルネール公爵の愉しみは尽きない。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

36人が本棚に入れています
本棚に追加