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青々とした草原が広がる、その先にある森の中央。そこには、どんな願いも一度だけ叶えてくれるという「願いの精霊」が住んでいると伝えられている。
少女はその伝説を信じ、森へと足を踏み入れた。
少女には病に倒れた弟がいた。六つ年下の弟の事を少女はとても可愛がっており、彼もまたそんな姉の事をよく慕ってくれている。
弟の明るさは家族の光であると思っていたし、その成長が少女の生きる楽しみの一つとなっていた。
しかし弟にはどんな治療法も効かず、医者はもう助からないと言う。
それでも、少女は諦めなかった。精霊に願えば、弟は助かると信じていたのである。
森は険しく、魔物避けの魔導具も心許ない。
何度も挫けそうになったが、少女は心の中で自分に言い聞かせた。
「また、みんなでピクニックに行く……。あの約束を破る訳にはいかないわ」
家族で毎年向かうピクニック。それは弟も、とても楽しみにしていたものだった。
去年のピクニックを最後のピクニックにするなんて。
疲労に負けそうになる度に、少女はピクニックの楽しかった思い出を反芻して歩を進める。
足が痛くても、体が限界でも、精霊にさえ会えれば願いが叶うと信じて。
そして遂に少女は、森の中央に辿り着く。
そこには美しい湖が広がり、その中央にある島に精霊がいると言われていた。
少女は湖に向かい、心からの願いを込めて叫ぶ。
「願いの精霊様、どうか弟を助けてください……!」
少女の願いに呼応するかの様に湖面が静かに揺れ、底の方から光が溢れ出す。
やがてその光は美しい精霊の姿となり、少女の前に現れた。
「汝の願いを聞こう」
と、精霊は静かな声で語りかける。
少女は震える声で言った。
「弟を助けてください……彼の命を救ってください!」
精霊は暫く黙った後、微笑んで言った。
「汝の愛は真実であり、その願いは純粋である。故に、汝の願いは無視するまい。しかし……」
「しかし……?」
「願いを叶える為には、汝自身の勇気が必要となる」
少女は迷わず、強く頷いた。
「何でもします。私の命が必要だと言うのなら、捧げる事も厭いません。どうか……どうか、弟を助けてください!」
精霊は少女の決意を見て、優雅に微笑むと手を掲げた。
その瞬間、湖の水面が波一つ立てずに静まり、光り輝き出す。
その幻想的な様を見ていた少女へ、精霊は語り掛けた。
「汝の願いは叶えられた。最後まで諦めず、己を顧みないその献身的な心は称賛に値する」
「そ、それじゃあ……!」
「家に戻ると良い。そしてこれからも、その勇気と愛を忘れずに生きていくのだぞ」
「はい!」
少女は感謝を告げて深々と頭を下げると、家へと急いだ。
あと一回あの獣道や危険な森を進まなければならなかったが、そんな事は気にしていられない。
とにかく弟の無事な姿を見たい一心で、少女は走った。
「お姉ちゃん!」
家の近くでは、弟が明かりを持って立っていた。
その笑顔には、もう病の痕跡は微塵も無い。今まで通りの、元気な弟だった。
「良かった……!」
少女は弟を抱きしめる。
「これで、もう一度みんなでピクニックに行けるわね」
「何を言ってるの? お姉ちゃん」
「え?」
「これから、ずっとずーっと、みんなで行くんだよ!」
弾ける様な表情の弟に、少女もまた笑顔になるのだった。
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