第十二話 怒り

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第十二話 怒り

「黙れ魔女め!」  街の外での時と一緒だった。  彼らが黙っているのなんて一瞬で、状況を飲み込めたら再び罵倒を始める。  これは変わることがないのだと知っている。  人間という弱い種族は、群れることで強気となり勘違いをして少数を叩きだす。  もちろん人間の中にも例外がいるのは分かっている。  現ヴァラガン統括のギルドマン然り、私の昔の恋人も……。 「出ていけ! 俺たちの前からいなくなれ!」  群れた騒ぐ人間たちの中から、石が飛んできた。  投げたのは比較的若めの男だった。  私の顔面目掛けて投げられた石を、私は首を傾けるだけの最小限の動きだけで回避する。  男は一度だけポカンとした後、再び石を投げつける。  しかし今度はコントロールを失って、セリーヌの頭に向かってきた。 「危ない!」  私は手で石を払いのける。  当たった場所からはジリジリとした痛みが来るが、そんなことはどうでもいい。  問題なのはセリーヌに当たりそうになったこと。  私は怪我をした右手以上に、体の内側から怒りの熱が上がってくるのを感じる。  ああ、これは抑えられない。  私がどうなっても構わないが、この子に危害を加えるのだけは許さない。  前の時は門番が止めたが、いまこの場には私たちとこいつらだけ。 「見苦しい人間共、私を怒らせて無事でいられると思うなよ!」  私は魔眼の力を解放する。  周囲に不思議が溢れかえる。  不思議を感じられない人間たちも、場の空気が変わったことに気がついたのか、一堂黙り込んで私を見つめる。  まるで化物を見るような視線。  集団で一人を責め立てるお前たちのほうが、よっぽど化物だろうに。 「安心しろ、殺しはしない。ただ少々痛い目を見てもらう」  私はそう言って首元のチョーカーに手を触れる。  殺すわけではない。  だからこそしっかりコントロールしなければやりすぎてしまう。 「やはり化物じゃないか! 死んでしまえ怪物め!」  今度は若い男だけではない。  私を取り囲む人間たちは、ありとあらゆる物を投げ始めた。  石やレンガ、そこら辺のゴミ……挙句の果てはナイフまで。  しかしそれらは私に当たる寸前で勢いをなくして停止する。   「無駄よ」  不思議に溢れた空間、その程度のものは私には届かない。   「おいで」  私は溢れる不思議を媒介に、プレグを呼び出す。  現れたのは植物のようなプレグ。  彼らの言うところの怪物というのは、このプレグのような外見のことを指すのだろう。  このプレグは私と同等の大きさで、見た目は完全に花開いた植物のそれ。黄色と黒の花弁は危険な雰囲気を纏っている。  足は無く、地面に根を張って埋まっている状態だ。 「力を貸して」  プレグが現れたことでさっきまで石を投げていた連中は一目散に逃げ始めたが、もうすでに遅いのだ。  もっと早くにその判断をすべきだった。  少なくとも、私が怒りを見せた時点で大人しく謝って引くべきだった。  殺しはしない。  だけどしばらくの間、悪夢の中で過ごしてもらう。  プレグが花弁を全開にして花粉のような物質を大気にばら撒く。  すると走って逃げていた人間たちは、徐々に力が抜けたようにその場に崩れ落ちる。  崩れ落ちてから数秒後、私を取り囲んでいた人間たちは一人残らず、目を閉じたまま苦しみ始めた。  何かに怯えているような、痛みに耐えるようなそんな表情。 「私を怒らすからよ」  私は自分の怒りがいつのまにか霧散しているのを感じた。   「リーゼを怒らすと私もああなるの?」  腰に回されたセリーヌの手に力が入る。  怖がらせてしまったわね。  セリーヌは今まで私と長く暮らしてきたけれど、私が人間を相手に魔法を使うところを見たことがなかったから仕方がない。 「いいえ、絶対にない。私が人間相手に怒るのは、貴女になにかあった時だけよ」 「本当に?」 「本当だって。今までだって、貴女が何をしたって怒らなかったでしょ?」  セリーヌにそう言い聞かせたところで、騒ぎを聞きつけた衛兵が遠くから走ってくるのが見えた。  なんて言い訳しようかなと惨状を見渡す。  事情がどうであれ、はたから見たら完全に加害者の図だ。  十数人の大人たちが天下の往来で悪夢にうなされ倒れ込み、その集団の中心で小さな女の子を抱きしめたまま立ち尽くす魔眼の持ち主。  どこからどうみてもただの加害者である。 「これはどういうことですかリーゼ様!」  衛兵たちが大きなランスを私に向ける。  人数は四人、別に倒せない数ではないが、いまここで争っても良いことはない。  今回の影霊事件の調査は個人的にも続行したいし、こちらもヴァラガンとの繋がりを保つことで一刻も早いハルムの撃退を叶えたいのだ。  ギルドマンが気がついているかは分からないが、ハルムは必ずこの大都市ヴァラガンを狙ってやって来る。  その際、私とヴァラガン側の連携が取れないのはやり難い。    正直に言えば私は不思議側の存在だ。  不思議の王ハルムと敵対する意味も無ければ、人間を庇い立てする必要もない。  しかし私は一〇〇年前にハルムと敵対してしまった。  何故なら当時付き合っていた相手は人間側だったからだ。   「信じてはもらえないだろうけど、ここにいる連中が私たちを囲って石やら何やらを投げ飛ばしてきたので、自己防衛として魔法を使って眠ってもらったの」  嘘は言っていないはずだ。  石を投げられたのは本当だし、あのままだったらいずれセリーヌに何かしらの危害が加わっていたかもしれない。 「それではそこの化物はなんですか?」 「この子は私のお友達」 「じゃあどうして全員が悪夢にうなされているみたいな表情なんですか? 普通に眠らせるだけではダメだったのですか?」 「私が使える魔法の中で、殺傷能力が無いのがこれだっただけよ」  流石に嘘をついた。  そんなはずはない。  私がその気になれば、魔法で赤子を寝かしつけることさえ可能だ。  今回そうしなかったのは単純に私の怒りが爆発したためだ。 「……申し訳ないですがリーゼ様、一旦城の牢獄に入っていただきます」  衛兵たちはランスを構えながら私とセリーヌを取り囲む。 「はぁ……仕方ないか。事情はどうあれやったのは事実だし。私が牢獄に行くのはいいけれど、その代わりこの子を私の部屋にちゃんと連れて行ってね」 「わかりました」 「あと、私がその子の側を離れている間に何かあったら、絶対に許さないから」 「は、はい!」  私が睨みつけるように告げると、衛兵たちは一歩下がる。  恐れおののいたような視線、やはり城の衛兵といえど本能には逆らえない。  魔女である私の殺気は、人間たちからすれば恐怖の対象なのだ。 「リーゼ……」 「大丈夫よセリーヌ。そんなに長い時間はかからないから。貴女はお城でシュトラウスと一緒にいなさい。彼のことが怖いかもしれないけど、私の魔法で貴女には手出しできない契約を結んでいるから大丈夫」  私はしゃがんで彼女の目線に合わせて頭をなでた。  きっとそんなに長くはかからない。  数時間もすればギルドマンが困り顔で迎えに来るはずだ。   「じゃあ行きましょうか」  私は衛兵たちに拘束されることもなく、城に向かって衛兵を引き連れた形で歩き出した。
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