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第十四話 魔女狩りのメイスト
「あら? 私とやる気? これでも専門家なのだけれど?」
メイストは完全に元の姿に戻ったのか、ギルドマンの面影は一切なくなっていた。
見た目は若い。
人間の年齢に換算したら、二十歳そこそこだろう。
髪は黒いショートカット。
魔女らしからぬ、全身をぴっちりと覆う漆黒の服装。
まるでどこぞの暗殺者のように、口元を布で半分隠している。
「専門家?」
「ええ、魔女狩りのね」
不穏な言葉だ。
魔女狩り、名前の通り魔女を狩る専門家。
同胞を殺す専門家? そんなもの存在するはずない。
「ありえないって顔をしているわね? でも事実よ? これ以上は戦ってみた方が早いかな?」
メイストが大きく足踏みをすると、そこから不思議が溢れだす。
彼女はどうやら大地から不思議を絞り出して戦うタイプのようだ。
だが大した不思議の量ではない。
これなら不思議の総量で勝る私に分がある。
「おいで」
私がそう呟くと周囲を一周だけ炎が走り、白銀のオオカミの姿をしたプレグが姿を見せる。
相手がどんなタイプでも対応できるプレグ。
一番信頼を置いている使いやすい存在だ。
「へえ~そのレベルのプレグをたった一音節で呼び出すんだ。そりゃ強いわけね」
メイストが右手をかざすと、手元に私のプレグと同じ白銀の斧を生み出す。
「力を貸して……」
接近戦を挑んでくると察知した私は、右手を首元のチョーカーに当てて魔法を行使する。
プレグは口を大きく開き、紫の雷を発生させる。
「焼け焦げなさい!」
私の指示と同時に、プレグの口から紫電が床を這って行き、メイストを取り囲んだかと思うと、一瞬で中心にいるメイストに襲い掛かる。
視界一面が紫電に覆われ、落雷のような轟音を響かせる。
火花が飛び散り、焦げ臭さが部屋に充満したところで雷が鳴りやんだ。
高温で焼かれた部屋のあらゆるものから煙が発生し、いまだに視界は覆われたまま。
うっすらと見える人影は、あの雷の中でも立ったままだった。
「凄まじい威力ね。流石は二百年以上生きていると噂されるだけはある。普通の魔女や魔物なら、いまので間違いなく絶命していたでしょうね」
メイストはそう言って斧を払う。
その風力で煙をかき消す。
立っていたメイストは、一切のダメージを負っていなかった。
あれだけの雷に襲われたのにも関わらず、彼女は平然と笑みを浮かべ斧の先端を私に向ける。
「危なかった。一瞬でも魔法が遅れたら今頃丸焦げね」
メイストがウィンクをすると同時に、不思議が私に向かって走ったのが見えた。
不思議の塊が足元に到着すると同時に、鋭利に尖った床が隆起し始める。
私は不思議の襲来と同時に回避したため躱せたが、一瞬でも遅れればどうなっていたことか……。
隆起した床の先端は槍の先端のようになっており、それが私の背丈ほどまで伸びていた。
つまり少し遅れれば、私は足元から頭の先まで串刺しになっていたのだ。
「そっちこそ随分物騒じゃない?」
私は垂れる冷や汗を拭い、メイストを観察する。
確か私が紫電で攻撃する際、一度指を鳴らしていた。
さらにいま彼女の足元を見ると、一部の床に隆起した後が見える。
おそらく彼女は私の紫電を、床から派生した土の防壁で防いだのだ。
随分と舐めた口をきいてくれる。
私のプレグをたった”一音節”で呼び出したことを指摘しておいて、自分は指を鳴らすという”ワンモーション”だけで魔法を発動させるのだ。
戦い慣れしてる。
彼女の扱う魔法は暗殺に特化している。
派手さは無いが、速さや実用性に秀でている。
「そうか、貴女の魔眼。不思議を生み出すだけではなく、魔法になる前の不思議の動きも見えるのね。厄介極まりない。殺すのに時間がかかるわね」
「まるで時間さえあれば私を殺せるかのような言い草はやめなさい。それで、貴女は一体何者?」
私は再び問う。
彼女は危険だ。敵対するというのであれば、いまここで殺しておきたい。
それにタイミング的に見ても、おそらく彼女が影霊事件の犯人。
彼女なら魔女を不意打ちで、一切反撃の隙も与えず殺せる。
「しつこいわね。私が何者かなんて名前だけで良いと思わない?」
「残念ながらそうもいかないのよ。私はいま、貴女が起こした事件の調査を依頼されているの」
私は犯人が彼女だと断定した言い方で話す。
もう彼女しか思い浮かばない。
彼女の先程の変装能力があれば、いつでもギルドマンになりすまして魔女たちの隠れ家を調べることができる。
不思議の残滓をわざわざ探る必要すらない。
「はぁ……まあ良いか。そこまでバレているのなら、隠す意味もない」
メイストはため息をついて指を鳴らし、床を変形させて椅子を作り出したかと思うと腰を下ろす。
一応これでも戦闘中なのだが、彼女は一切意に介さない。
「私はこの国の皇帝が隠し持つ、魔女狩りを専門に行う魔女よ」
魔女狩りをする魔女。
おまけに国の公認つきだ。
「なぜそんなことを? 不思議の担い手はただでさえ数を減らしているのに、どうして同胞を手にかける?」
私の問いかけにメイストは鼻を鳴らした。
「なぜ? そんなことは決まっている。私が生きるためよ。中央はここよりずっと魔女狩りが進んでいてね、私の知り合いは全員殺された。そんな中、私だけは殺せなかった」
殺せなかった。
つまり彼女が強すぎるのだ。
魔女狩りを専門とする特殊部隊が存在するのは聞いていたが、まさか彼らをも上回る戦闘能力だったとは……。
「そこで悩んだ皇帝は意外な提案をしてきた。私の生活と安全を保障するから、その代わり国に蔓延る他の魔女を全て殺してくれってね。私は生きるために提案を受けた」
いくら強い彼女でも、永遠と命を狙われ続ければいずれ力尽きる。
生き残るための契約。
生き残るために同胞を売ったのだ。
彼女の存在を恐ろしいと思うと同時に、この国の皇帝に恐怖した。
皇帝はこの国から、本格的に不思議の担い手を消すつもりだ。
人間による人間のための国。
それが真人帝国エンプライヤの思想だ。
「ということは私もターゲットってわけね。ちょうどいいわ。私は貴女と違って同胞を売る気はないから」
私はさっきよりも高濃度の不思議を集め始めた。
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