第十六話 セリーヌとシュトラウス

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第十六話 セリーヌとシュトラウス

 私はギルドマンに案内されて城のお風呂に行き、汗と汚れを落とす。  砂ぼこりや血痕、そのほかにも色々と汚れていたためスッキリした。 「遅くなってごめんね」  お風呂から出た私は、セリーヌとシュトラウスが待っている部屋のドアを開ける。  私の声に反応したのはシュトラウスだけだった。  セリーヌはすっかり夢の中。  時間を考えれば当たり前か。  もう夜も遅い。 「リーゼ、何があった?」  シュトラウスは朝よりも酷く青い顔をしていた。  彼も不思議の流れが分かる存在。  私が何かと戦っていたのは知っているようだった。 「戦っていたのよ」  私はメイストの存在を話した。 「へえ、我のいないところでそんなことがね」  シュトラウスは意外そうな様子で、私の話を黙って聞いていた。 「そのメイストって魔女、どうするんだ?」 「どうするもなにも、殺すわよ。そうでないとこの国の魔女が全て殺されてしまう」    それだけはどうにか阻止しなければ……。  だけどどうだろうか?  私の中に不安が渦巻く。  今回はたまたまメイストという魔女を見つけたから魔女狩りをやらせているが、彼女が殺されてしまったら、その次は何を仕掛けてくるのだろう?  あの皇帝は、なぜそこまでして魔女を根絶やしにしようとするのだろう? 「なるほど。その時は我も協力しよう」 「なんで? ありがたいっちゃありがたいけど」  不思議に思った。  シュトラウスとはまだ日が浅いが、彼はそんなに好戦的ではないと思っていたのだが? 「いやなに、影霊事件の被害者の中に、影の魔物にやられた魔女がいただろ? あれの意趣返しさ」  確かに八人いた被害者の中には、影の魔物によって殺された痕跡があった。  そうか……今回の事件の黒幕がすべてメイストだというのなら、影の魔物を操って魔女を殺したのもメイストということになる。 「影の魔物は吸血鬼の成れの果て。我に仲間意識などないが、元同胞が人殺しの犯行に利用されているのは腹立たしい」  シュトラウスはフラフラの状態で言い放つ。  珍しく彼から怒気を感じた。  いい意味で人間臭さのある奴だと思った。 「そういうことなら協力して頂戴」  私はそう言って大きく欠伸をする。  もうそろそろ私も眠たくなってきた。  なにせずっとバタバタしていたのだ。 「寝るわ。変なことしたら人間の血を飲ますわよ?」 「しねえし! 罰ゲームがおかしな方向にいってるぞ?」  シュトラウスの意外にも元気なツッコミを聞きながら、私は深いまどろみの中に落ちていった。  翌朝は早かった。  なんで早かったかというと、私たちより随分と早く寝たセリーヌに叩き起こされたからだ。 「ほら起きてリーゼ! それにシュトラウスも!」  私は少し驚いた。  いつの間にかシュトラウスとセリーヌは打ち解けていた。  一体何があったの? 「急に仲がいいわね。何かあったの?」  私は優しくセリーヌに問いかける。  彼女は吸血鬼である彼を毛嫌いしていた。  だから今みたいに、自ら触れて揺り起こそうとはならなかったはずだ。 「あのね、昨日の夜、上の方で凄い音が響いてきて怖がってたら、シュトラウスがヴァイオリンを弾いて気を紛らわせてくれたの!」  セリーヌはニッコリと笑いながら、シュトラウスのヴァイオリンを抱きしめている。  どうやら返すつもりはないらしい。  昨日の夜の音は私とメイストの戦う音だろう。  シュトラウスは何が起きているかある程度察知し、セリーヌが不安にならないように気を紛らわしてくれたのか……。  意外と子守が向いている気がする。 「なら良かったわ。二人が仲良くしてくれている方が私も嬉しいから」  そんなこんなをして朝支度を終えると、ドアを開けて城の中を歩き始める。  道中見かけたビクトールの案内で、私たちは再びギルドマンの元を訪れた。 「おはようギルドマン。私たちはもう帰るわね」 「そうですか……影霊事件は解決はしていないまでも、原因と犯人は分かったことですし仕方ないですね」  ギルドマンはそう言って革でできた袋を渡してきた。 「これは?」 「今回の報酬です。資料によると、貴女に何かを依頼した場合はこのぐらい渡すように書いてありましたので」  私は一礼して袋の中を見て目を見開く。  いやいや多すぎる。  きっと資料を書いた奴が間違っているか、彼が資料の桁を一つ見間違えているに違いない。  だけど生活する人がまた一人増えたわけだし、ありがたく貰っておこう。  ちゃんと”解決”したあとでね。 「いまは受け取れないわ。この事件を本当の意味で解決した時に送ってちょうだい」  私はそう言って袋を返した。  セリーヌはもったいないと言いたげだったが、私は首を静かに横に振った。 「私たちは戻りますので、どこか城の上の方で広い場所はありますか? 屋根もなければもっと良いです」 「ではこちらに」  ギルドマンの案内で、私たちは城の階段を登っていく。  途中で疲れてしまったセリーヌをおんぶして、さらに上へ上へ。 「ここなんてどうでしょう?」  ギルドマンが案内してくれたのは城の中央部分の最上階。  屋根はなく、ちょっとした庭のようになっている。  降り注ぐ太陽光が、花壇で咲き誇る手入れされた花達を輝かせる。 「ここは?」 「ここは私の庭です。個人用のね」  ギルドマンは少し苦笑いをした。  彼はてっきり権力なんてものには興味がないのかと思ったが、こんなところでちょっとした権力を行使していたとは予想外だった。 「随分と綺麗に手入れしているのね」  綺麗に整理された花壇を見回すと、少し違和感を覚えた。  花壇の周りに一定間隔で、形が整えられた石が置かれている。  よくよく見れば各石には人の名前らしきものが彫ってあった。  そうかここは……。 「ここは墓地なのね」 「その通りです。ここは排魔(レパール)騎士団の殉職者が眠る墓です」  ギルドマンは深呼吸をして目を瞑る。   「そうであるなら私は早く撤退した方が良さそうね。私は不思議を扱うという点でいえば、彼らに危害を加える側でしょうし」  私は静かにこの場に対して一礼する。  人間は相変わらず嫌いだが、死した者に対する礼節まで失ったつもりはない。 「おいで」  私は魔眼の力で不思議を満たし、プレグを呼び出す。  今回呼び出したのは大きなカラス。  この街に来た時に呼び出したのと同じものだ。 「私たちは家に戻る。もしかしたら私を狙ってメイストが再び攻めてくるかもしれない。だとしたらここでは被害が大きくなってしまう」  私の戦闘スタイルを考えると、周囲を巻き込まないで戦うのはかなりむずかしい。  メイストの戦い方はほとんど暗殺者のそれだが、私は純粋な高火力の魔法を連発するスタイル。  彼女を殺す間に、一体どれだけの被害が生じるか分かったものではない。 「だから私は家に戻る。もしまた何かあったらその際は声をかけてくれれば、私の機嫌次第では助けてあげなくもない」  私はそれだけを言い残し、カラスと共に空に舞う。  だんだんと小さくなるギルドマンと墓地を見おろす。  結局、私がここに来たもう一つの理由、不思議の王ハルムについての情報は得られなかった。  ハルムの存在は知っているが、それが間近に迫っているとは認識していない。  一つ確実なのは、ハルムの襲撃前にメイストをなんとかしなくてはならないということだ。  私は迫り来る戦いの未来に、大きくため息を漏らした。
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