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第二話 貧血の吸血鬼とセリーヌ
「やれやれ、やっと着いた」
魔物を退治し、貧血で倒れた吸血鬼を運んでいたら夜が明けていた。
腕の中の吸血鬼に視線を移すが、特に太陽光に当たってもなんともないらしい。
てっきり日の光に弱いのかと思ってたのに。
洋館は私が出かけた時と全く同じだった。
唯一違うのは、洋館の中から誰かが動き回っている音が聞こえてくるだけ。
「セリーヌ、起きたのね」
私はよく整えられた広い庭を突っ切って、玄関に向かう。
今まさにドアノブに手を伸ばそうとしたタイミングで、ドアが勢いよく開け放たれた。
「リーゼ! お帰りなさい!」
中から出てきたのは実に愛くるしい少女だった。
ふわふわの栗色の髪に、青と白のメイド服を身に着けている。
彼女の普段着だ。
年齢は今年で十二歳になる。
「ただいまセリーヌ。ちょっとコイツをベッドに運ぶから、どいてくれる?」
私は自分の頬が緩んでいるのを自覚していた。
やっぱり私は彼女に弱い。
人間たちは基本的に嫌いだが、セリーヌだけは別だ。
彼女のためなら、私はなんだってするだろう。
「やだ、それ……吸血鬼だよね?」
セリーヌは一発で見抜いた。
別に彼女に特殊な力があるわけではない。
れっきとしたただの人間の女の子。
しかし彼女は本能的に吸血鬼を恐れている。
「うん。吸血鬼。セリーヌの事情も知っているけど、私はコイツから聞き出さなきゃいけないことがあるの。だから目が覚めるまで、この家に置いておいても良いかな? コイツが起き上がって話してみて、それでもセリーヌが嫌だったら追い出すから」
私は吸血鬼を放り投げ、セリーヌの目線に合わせてしゃがむ。
少々諭すような言い回しになったけれど、こうでも言わなきゃ彼女は認めてくれないだろう。
「リーゼが決めたことなら従うけどさ~」
セリーヌは本当に渋々といった様子で体を左右に揺らす。
私はついつい彼女の頭を撫でる。
「ありがとうセリーヌ」
私は立ち上がり、玄関先に捨ててしまった吸血鬼を拾い上げて客室に持って行く。
この洋館は私が一〇〇年前に建てた洋館で、どっかの小金持ちが持っていそうな規模感だ。
二階部分はほとんど倉庫や調合部屋となっていて、生活部分は全て一階となっている。
玄関の先には紅色のソファーと、木目が剥き出しのダイニングテーブルが置かれ、右隣にはキッチンが、左隣には小窓がある。
ちょっとした廊下を進んだ先に、私とセリーヌの部屋が並んでいて、そのさらに奥に特に使っていない寝室が一つだけ余っていた。
「アンタはここで寝てなさい」
私は埃っぽいベッドの上に吸血鬼を放り投げる。埃が宙を舞って私はそれを手で払いながら、ベッドの奥にある小窓を開けて空気の入れ替えをする。
「うん……あ、うっ!」
吸血鬼は悪夢を見ているようで、時折変な声を上げて苦しんでいるが私は無視して部屋を後にする。
コイツにばかり構っていられない。
私は常にセリーヌを可愛がりたいのだから。
「セリーヌ、一人にしてごめんね」
「リーゼ!」
セリーヌは私を見つけると、目を輝かせながら胸に飛びこんできた。
ああ、至福。
どっかの吸血鬼なんかとは抱き心地が違う。
「リーゼの瞳って綺麗」
セリーヌはうっとりとした表情を浮かべ、私の顔を手でさする。
「この眼? 前から言ってくれるよね? この呪われた魔眼のどこが綺麗なの?」
私は単純に不思議だった。
同じ魔女なら魔眼の価値は身にしみて分かるだろうけれど、彼女は事情があるとはいえただの人間の少女。
魔眼なんて怖いだけだろうに。
「リーゼはいつも呪われた魔眼って言うけど、この紫色の瞳は綺麗だよ? リーゼそのものをあらわしているみたいで大好き!」
彼女は無邪気に好きと言ってくれた。
その言葉がどれだけ私を救っただろう?
前々から彼女は私のことを好きと言ってくれる。
呪われて嫌われている私にとって、彼女の屈託のない笑顔はかけがえのないものだ。
「ありがとう。私もセリーヌだけは大好き」
私はそう言って彼女の頭を優しく撫でる。
このぬくもり、この感触と幸せな時間。
絶対に守らなければいけない存在。
「ご飯にしましょうか?」
私は彼女を離してキッチンに向かう。
フライパンの上にはパンケーキが二人分用意されていた。
セリーヌが作れる料理がパンケーキだけのため、毎朝パンケーキを食べることになっているのだが別に不満はない。
私はパンケーキが気に入っている。
理由は簡単、これは彼女が唯一作れる料理だからだ。
「ちょっとあれの様子を見てくるね」
ハチミツをかけたパンケーキを平らげた私は、まだ半分も食べ終わっていないセリーヌにそう告げて席を立つ。
廊下を進んで部屋に入ると、吸血鬼は上半身を起こした状態でベッドの上から窓の外を眺めていた。
「気がついた?」
「うむ、ここはどこだ? 我を連れ込んで何をするつもりだ?」
見た目と口調が合っていない気がするが、彼も私と同じく見た目と実年齢がずれている。
「アンタが貧血だとか言うからここまで運んであげたんだけど?」
私は腕組をしながら呆れたようにため息をつく。
助けてもらってこの態度。セリーヌも怯えているし、聞き出すこと聞き出したら追い出してやろう。
そんな算段をしつつ、私は話を進める。
「そもそもどうしてこの森にいるわけ? 吸血鬼なんて、普通はそうそう出会えるものじゃない。貴方たちが血を吸うのは人間でしょ? 魔女である私には用事なんてないでしょ?」
吸血鬼は人間の血しか吸わない。
これは広く知られている事実である。
だからこそ、吸血鬼の目撃情報のほとんどは人間たちからしか上がらない。
「いや、我はアンタに警告をしに来たのだ。リーゼ・ヴァイオレット」
警告? 吸血鬼が魔女である私に警告?
「ハルムは知っているな?」
「……ハルム。もちろん知っているわ! 私が忘れるわけがない!」
ハルム、不思議の王。
それは災厄をもたらす天災のような存在。
人間の持つ科学に反応しやってくる怪物。
”不思議”の集団的無意識が生み出した、科学に対抗するための生物兵器で、その姿形はその時々によって変化するが、一〇〇年前に戦った際は、巨大な空飛ぶクジラの姿をしていた。
「だろうな。一〇〇年前にヴァラガンに迫るハルムを撃退したのは、アンタだったからなリーゼ」
吸血鬼の少年は、鋭い視線で私を射抜く。
コイツ、どこまで知っている?
一〇〇年前の事件の真相を知っている奴なんて、全員死に絶えたと思っていたのだけど、どうやらそれは私の勘違いだったみたい。
「そうね。当時から生き残っているのは、私とアンタとハルムくらいかしら?」
最初から不老不死の吸血鬼は、そりゃ一〇〇年くらい生き続けるだろう。
だけど私たち魔女は違う。
不思議を操れるだけで、基本的には人間と同じように歳を取って死んでいく。
「だからこそ警告に来た。再びハルムがヴァラガンに迫っている。そして一〇〇年前とは一つだけ違う動きを見せている」
そっか。そりゃそうだ。
ハルムは私を憶えているのだ。
「ハルムはアンタの命を狙っているぞ? 一〇〇年前に自身を撃退したリーゼを警戒しているのだ」
私は喉元にナイフを突きつけられているような気持ちになった。
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