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第二十一話 真祖
私はじっとあちらの動向を探る。
たとえ理性を失っているとはいえ、相手は元真祖。
吸血鬼の最上位ランク。
あのシュトラウスでさえ一個下の魔王。
その上を行く真祖が相手となれば、下手にこちらから動くべきではない。
そうこうしていると、真祖は足に力を込めて真っすぐこちらに向かって飛んできた。
残った三体のプレグが、私と真祖のあいだに立ちふさがったが無駄だった。
金のライオンは一撃のもとに粉砕され、白い大蛇は左右に引っ張られて引きちぎられる。
「飛んで!」
私はその隙にカラスの背に乗って空へ逃げた。
あれは無理だ。
どうすれば良い?
プレグを呼び出しての遠距離戦が、あれにはほとんど通じない。
あの速度で迫ってこられては無理な話だ。
「まあ、飛べるわよね」
下から私たちを見上げていた真祖は、背中にコウモリの翼を生やして空にやって来た。
時間稼ぎのために上空に逃げてきたが、空ではよりいっそう逃げ場などない。
「なんとか持ちこたえてね」
私はカラスの頭を撫でてお願いし、魔眼の力をフル稼働させる。
さっきまでの戦闘で消費した不思議を周囲に満たした。
それを見た真祖が真っすぐこちらに突っ込んでくる。
だが地上よりはまだ遅い。
これならカラスで躱せる。
「避け続けて! 反撃は考えない!」
カラスにシンプルな指示を出し、私は意識を集中させる。
だんだんと真祖の魔の手が伸びてきていた。
カラスの避けるコースや癖が読まれているのか、おそらくもうまもなく私たちは八つ裂きにされるだろう。
首元のチョーカーに手を当てて祈る。
もう呼び出すしかない。
本当の高出力というものを示すしかない。
不思議をより偉大な存在へと変質させる。
「おいで」
私は迫る真祖の一撃から逃れるため、カラスから飛び降りた。
その刹那、カラスは真祖の魔手によって真っ二つに切り裂かれ消し飛んだ。
宙に身を投げた私の周囲を金色の炎が渦巻き、私の真のパートナーが顕現する。
空中で私の落下が止まった。
背中に私を乗せてくれたのは、今までのプレグたちとは一味違う存在。
金色の翼に、燃えるような紅蓮の瞳。
巨大なかぎ爪と、大樹さえ叩き割れそうな屈強な嘴。
私の真のパートナーにして、命を司る伝説の怪物。
通称”不死鳥”。
私の首に巻かれているチョーカーも、この子の羽根で作られたものだ。
「……嘘? 本気で言ってるの?」
地上では、メイストが信じられないものを見るような目でこちらを見上げていた。
その表情は酷くこわばり、ただでさえ失血で顔色が悪いのに、それがさらに進んでいるように見えた。
「さきに伝説級の怪物を呼び出したのはそっちでしょ? だったらこちらも、それ相応の存在を呼び出さないと失礼よね?」
不死鳥は急降下して、私を地面に降ろす。
不死鳥は私を守るように、その大きな体で私を囲うように真祖を睨みつけた。
真祖は空中からこちらに向かって一直線に迫る。
相手がなんであれお構いなし。
この真祖に理性など残ってはいないのだ。
「始末して」
私がたった一言そう告げると、不死鳥は一度大きく鳴き、周囲の不思議を変質させ始める。
不死鳥は一度死んだあと、炎に包まれて蘇るとされている。
そんなこの子が扱う力は炎。
しかも金のライオンが放っていたのとは異質の炎。
始祖の聖火。
「焼き尽くせ!」
私は魔眼をフル稼働して不思議を絶やさないように生み出し続ける。
不死鳥の操る魔法は燃費が悪い。
一撃一撃は天災に匹敵する威力なのだが、なにせ消費する不思議の量が桁違いだ。
私の号令の下、不死鳥が一度天を仰ぐとすでに魔法は発動していた。
一瞬全ての音が消え去ったかと思うと、天から地面から空間から、輝かしい金色の炎が出現し、こちらに突っ込んでくる真祖ごと視界を金と赤に染め上げる。
メラメラなんて音はしない。
普通の炎ではない。
触れたら最後、全てが消し飛ばされる獄炎の世界。
戦いに決着がついたのは数秒だった。
聖火に触れた真祖は一瞬でこの世から退場し、残るのはメイストのみ。
「どうする? もう頼みの綱の真祖は消えてしまったわよ?」
私は呆然とするメイストに問いかけた。
彼女は彼女でただ見ていたわけではなく、私が真祖に意識を向けていたあいだに右腕の応急措置は済ませていた。
「……どこまで化け物なの? リーゼ・ヴァイオレット。貴女、本当に魔女なの?」
「失礼ね、私はれっきとした魔女よ。ちょっとみんなより長く生きているだけで」
私は過去に意識を向ける。
様々な別れが頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返し、やがて頭の中を覆いつくしそうだったので思考をやめた。
「ふふふ……でも良いわ! 私は影の魔物の生み出し方を知っている! 真祖クラスの吸血鬼を誘惑して墜としてしまえば、もうこの国の皇帝にペコペコしなくてよくなるし、貴女にだって負けない!」
メイストは声を張って宣言する。
影の魔物の生み出し方を知っているのは、彼女と私だけ。
そうなると次に会う時は、元吸血鬼を大量に連れてくるのだろうか?
「私はここでおさらばさせてもらおうかしら!」
そう言ってメイストが魔法を使おうとした瞬間、彼女の真上から血の槍が彼女を串刺しにしてしまった。
あまりに予想外の事態にメイストは困惑の表情浮かべ、吐血した。
滴る流血の量を見ると、今度は本当にいよいよ助からない。
私はその見覚えのある血の槍を見て、視線を上空に向けた。
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