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第二十二話 貴方は大丈夫?
「なんでアンタがここに来ているわけ?」
上空を見上げた先に、見覚えのある男が浮いていた。
胸元が大きく開いた黒いシャツを着こなし、その上からボロボロのマントを羽織っている。その胸ポケットには金の蝙蝠の刺繍が施され、普段の子供の姿からは程遠い外見をしている。
彼はシュトラウス。
それも私のあげた血液を飲んで本来の姿に戻った状態。
吸血鬼のランクの中では真祖のつぎにレベルの高い魔王。
そんな彼の放った血の槍は、メイストを串刺しにして血だまりを作り出す。
凄まじい一撃だった。
綺麗にスッとメイストに、音もなく迫る必殺の一撃。
「ちょっと嫌な予感がしてな。前に言っただろ? 次にメイストとやるときは我も参戦すると。少々遅くなっちまったが……」
きっとシュトラウスは、今回の一件にメイストが絡んでいると思い、私のあげた血液を飲んで全速力で飛んできたのだろう。
彼の本気がどの程度かは分からないが、ヴァラガンに向かう途中の戦いぶりを見る限り、相当な速度で移動できるに違いない。
「セリーヌはどうしたの? あの子のお守が貴方の役目よ?」
「あの子なら結界の中さ」
シュトラウスは私のとなりに着陸すると、手のひらを広げて見せた。
彼の血液が集まって水晶のような形状をとると、そこに映し出されたのは幸せそうにベッドで眠るセリーヌの姿だった?
「なにこれ?」
「結界の中さ。本人は気がついていないけど」
巧妙に作られた結界だと思った。
結界の中の本人は気がつかず、しかし実際は彼の血液で作り出した疑似空間に保護されている状態だ。
いま実際に私の洋館に行ってももぬけの殻だろう。
「思いのほか芸達者なのね」
「我は魔王ぞ?」
「真祖と戦った後だと、貴方の偉大さがいまいち伝わらない」
私は笑みを浮かべて、這いつくばるメイストを見下ろす。
もう彼女は虫の息。
呼吸は浅く、失血過多によって大量の冷や汗をかいていた。
彼女の周囲に不思議が寄り付こうとしない。
メイストは同胞を殺し過ぎた。
不思議に感情はない。
生物でもないし、何者でもないのだから当然だ。
しかし詳しくは分からないが、自然の摂理なのか世界の法則なのか、同族殺しはいずれ不思議が集められなくなり魔法を失う。
いまの彼女がそうだ。
この場に存在する不思議たちは、魔女である私と魔王である吸血鬼、シュトラウスの味方をしている。
彼女がここから魔法で脱出する術はない。
「最後になにか言い残すことはあるかしら? もう不思議にも見捨てられたようだけど?」
私の最後の問いかけに瀕死のメイストは、言葉を紡ごうと口を開くが溢れてくるのは言葉ではなく血ばかり。
彼女の表情を見れば、何か呪いめいたことを言おうとしているのは分かるが、残念ながらその呪いは私には届かない。
それでも彼女は最後のひと時、なんとか言葉をひねり出した。
「お前もいずれ影の魔物に堕ちる!」
メイストは私への言葉ではなく、とどめを刺したシュトラウスに言葉を向けた。
「我がそんなものに堕ちるものか」
最後、吐き捨てるようにシュトラウスが答えると、メイストは厭らしい笑みを浮かべたまま絶命した。
力なく血だまりの中で動かなくなった彼女の死体に、ぞろぞろと何かが近寄ってくる。
「なにこれ?」
私は薄気味悪く思って距離をとる。
よく見ると蠢く影がメイストの死体を覆っていく。
まるで黒い虫の大軍に襲われているようで、私は身震いした。
こんな現象は見たことがない。
いくら魔女でも、死んでしまえばただの人間と変わらない。
いくら不思議を扱っているとはいっても、死体が闇に食われるなんてことはありえない。
「これは……吸血鬼の残滓だな」
「吸血鬼の残滓?」
「そうだ。ハルムは不思議の王。不思議の集団的無意識の集合体。これはその吸血鬼バージョンってやつさ。規模は違えど、どんなものにも集団的無意識ってのは存在するんだぜ?」
つまりこの蠢く影こそ吸血鬼の集団的無意識。吸血鬼の残滓。
「そんな吸血鬼たちの集団的無意識が、どうしてメイストを取り込もうとしてるの?」
あれが何かは分かったけれど、なんでこうなっているのかは説明されていない。
吸血鬼の残滓は、どうしてメイストを取り込む?
「……たぶん、怒りだな」
「怒り?」
「我は吸血鬼の残滓そのものではないから、完全な理由までは分からないがきっとそうだと思う」
そう語るシュトラウスは、どこか遠い目をして空を見上げていた。
「吸血鬼は本来誇り高い種族。仮にこの女が、わざと吸血鬼を影の魔物に墜とすなんてことをしていた場合、吸血鬼の残滓は容赦しないだろう」
彼の言葉はまさにその通りだった。
メイストの死体に群がる残滓は、まるで彼女を消化するように飲み込んで消してしまったのだから。
「はぁ……あとはここの後始末ね」
「そうだな」
私はため息をつきながらシュトラウスの横顔を盗み見る。
今の彼は本来の姿。
しかし私の血液を摂取しなければこの姿を保てない。
吸血鬼が影の魔物に堕ちる原因は、魔女の血を吸い続けること。
「ねえシュトラウス。影の魔物に堕ちる原因って知っている?」
「無論だとも。我をバカにしているのか?」
シュトラウスは呆れたように答えた。
やっぱり知っているか。
「じゃあ、貴方は大丈夫なの?」
彼が私の血液を摂取したのはこれが二度目。
量もそんなに与えていないから、まだ影の魔物に堕ちることはないとは思うけど、実際にどれだけ飲み続ければ影の魔物に堕ちるのかなんて分かりはしない。
「……今のところはな。だがもしも我が影の魔物に堕ちたその時は……殺してくれ」
「え?」
彼はさらっと口にした。
もしも彼が影の魔物に堕ちた際には”殺してくれ”と確かにそう言ったのだ。
私はそんな回答をした彼に対して、何も言葉を返せなかった。
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