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第二十五話 魔物の群れ
洋館の外が騒がしい。
真夜中に来客なんて考えられない。
つまるところ敵だろう。
「気がついたかリーゼ」
シュトラウスは窓から外を確認していた。
セリーヌは私の隣で静かな寝息を立てている。
このまま静かに寝ていてもらったほうが安全だろう。
私はセリーヌの頭を優しく撫で、魔法を行使する。
深い深い眠りに落ちる魔法。
これで彼女は静かに眠り続ける。
「敵は見える?」
「いやまだだ。我の目でも見えないということは、単純にまだ遠いだけさ」
夜目がきくシュトラウスがそう言うのなら間違いない。
敵はまだ洋館に接近はしていない。
しかしこの森のどこかに存在している。
それも相当な数だ。
不思議の乱れが酷い。
「なら今のうちに罠でも仕掛けるわね」
私は魔眼を発動させ周囲を不思議で満たすと、首元のチョーカーに右手をかざす。
「おいで」
私が呟くと、床を炎が一周してプレグが現れた。
「初めて見るタイプだな」
シュトラウスが物珍し気にジロジロと観察している。
「滅多に呼ばないもの」
私は現れたプレグの頭をなでた。
呼び出したプレグはカメレオンの姿をしている。
緑の皮膚に、ところどころオレンジと赤の横線が入っていて、ギョロっとした目が特徴的だ。
この子の背丈は私と同じくらいで、戦闘能力は皆無なプレグだ。
「力を貸して」
私の言葉に反応して、カメレオンのプレグは舌をだらんと垂れさせたまま、口から霧を発生させる。
「なんだこれは」
「少し時間が経てば分かるわ」
ほんの数秒。
ほんの数秒で霧は晴れて、私たちは屋外に立っていた。
後ろを振り向いても、そこに洋館はない。
「結界か何かか?」
「半分正解よ、この子の能力は隠すこと。だけどただ結界の中にしまうわけじゃない。半分無かったことにしてしまうの」
「無かったことにする?」
「そう。今回は私の洋館をセリーヌごと無かったことにしたの。だから敵はどんな手段を用いても洋館とセリーヌには干渉できない。だって存在しないのだから……」
「ふざけた能力だな。本当に何かを隠したい時には最強の能力だ」
シュトラウスから賛辞の言葉が飛び出す。
このプレグは戦闘用ではないので登場頻度自体は少ないが、ここぞという場面で必ず私を助けてくれる。
「洋館もセリーヌも隠したし、これで思いっきり戦えるわね?」
「遠慮なく消し飛ばしてやるか」
私たちの視線の先には遠目に見える程度だが、確実に相当数の魔物の群れが蠢いている。
さまざまな種族が入り乱れた状態だ。
まるで軍隊のように、ありとあらゆる役割の魔物が揃っている。
「怖いか?」
「冗談でしょ?」
私は軽口を叩いてしゃがみ込み、髪をかき分けて首筋をさらす。
「早く飲んだら?」
私の挑発するような態度に苦笑いして、シュトラウスは静かに私の首筋に歯を立てる。
少しだけ痺れるような感覚。
痛みはほとんどない優しい吸い方だ。
私の首筋に歯を立てている彼を見つめる。
一体どれだけ血を与えれば、彼は影の魔物に堕ちてしまうのだろう?
去来する不安を押しつぶすように、私は迫りくる魔物たちに視線を移した。
そうこうしている間にも、魔物の群れは確実に近づいて来ていた。
先頭に見えるのは何度も見ているタイプの魔物。
狼のような四足の魔物がずらりと並ぶ。
空を見上げると、ヴァラガンに向かう途中で戦ったのに似た鳥のような魔物が天を覆いつくしていた。
赤と金の鱗が特徴的な魔物で、一体の大きさが人と同程度ある。
「助かるよリーゼ」
殊勝にも礼の言葉を口にして、シュトラウスは静かに立ち上がる。
その姿は少年の姿ではなくなっていた。
戦う時の姿、本来の彼の姿。
魔王と呼ばれるシュトラウスがそこにいた。
「対価に見合った働きはしてもらうわよ?」
「へいへい。とりあえず我は空を担当するかな?」
シュトラウスは肩から翼を発生させ、宙に舞う。
数は圧倒的に空のほうが少ないんだけど、言葉とは裏腹に楽なほうを選んだのね。
私はムスッとした顔で上空を見上げると、視線に気づいたシュトラウスは軽くウインクを返してきた。
「はぁ……。早く終わったら手伝いなさいよ?」
「早く終わったらな」
シュトラウスは手伝わない保険をかけてくる。
まあなんだかんだ言って手伝ってくれるでしょうけど。
いつのまにやら彼を信用するようになっていた自分に苦笑いしつつ、私はいよいよ迫ってきた魔物の群れに集中する。
「おいで」
私は静かに呟く。
自身の周囲に炎の円環が発生すると、白銀のオオカミが姿を現した。
続けて私は魔眼を介して不思議をかき集める。
白銀のオオカミと金のライオンが立ち並ぶ。
地上を這う敵の数はおよそ五〇体ほど。
彼ら二体のプレグがいれば事足りる。
空を見ると、すでに戦いは始まっていた。
鳥タイプの魔物が数十羽、シュトラウスに向かって攻撃を仕掛けている。
しかも一羽あたりが保有する不思議の量が、前に戦った魔物とは桁違いだ。
そしてなにより恐ろしいと思ったのは、シュトラウスから一定の距離を保ちつつ、不思議の塊を弾丸のごとく吐き出し続けているところ。
シュトラウスに近づけば、一瞬でミンチにされるのを理解しているみたいな戦い方だ。
「もしかしたら学習しているのかもね」
「我もそう思う」
私の独り言に、シュトラウスが反応する。
まさか聞こえているとは思わなかった。
というか戦いながら会話するなんて、ずいぶんと余裕があるじゃない?
「魔物たちも集団的無意識の一部になってるってこと?」
「おそらく。その証拠にあいつら我に近づこうとしない。前に戦った時は、遠距離技なんてこのヴァイオリンぐらいだったからな。下手に近づいて血液に切り刻まれるのを避けたいんだろうさ」
シュトラウスはそう言ってヴァイオリンを生み出す。
前に作ったものはセリーヌに盗られているらしい。
「まあでも、我が手の内を全てさらしていると思わないでほしいものだ」
シュトラウスは嘲笑うようにヴァイオリンを弾き始めた。
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