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第二十六話 集団的無意識
驚くべき光景だった。
シュトラウスがヴァイオリンを弾き始めたと同時に、鳥の魔物の後方、地上にいる魔物の集団が奇声を発し始めた。
他の魔物に隠れていて姿は確認できないが、声の重なりかたからして相当な数がいる。
「驚いたな」
シュトラウスはヴァイオリンを弾くのをやめて感嘆の声を漏らす。
彼の遠距離戦術で一番強力なのがこのヴァイオリンだろう。
ヴァイオリンの音色に不思議を乗せて、狙った相手の耳から体内に侵入させて内部から破裂させるえげつない攻撃。
しかし今回の魔物はそれに対応してきたのだ。
前に一度披露している技は通じないということだろうか?
「不思議の集団的無意識、魔物たちの意識と記憶は全て共有されていると思ったほうがいいだろうな」
シュトラウスは笑みを浮かべていた。
躍起極まりない相手だが、なにか策でもあるのだろうか?
「なんで笑ってるわけ?」
「こんなワクワクする相手は久方ぶりだ」
シュトラウスはマントを翻すと、周囲に血液の槍を無数に生み出した。
音に乗せる攻撃は、あの魔物たちの放つ奇声で相殺されてしまう。
となると物理的に戦うしかない。
流石にこれには効果的な対処法などないはずだ。
種のあるトリックは見破られるが、もっと根本的な手段は破りようがない。
「行くぞ!」
シュトラウスは血の槍を自身の周囲に旋回させながら、魔物の群れに向かって一直線に突っ込んでいく。
鳥の魔物たちは散り散りになりながら、不思議の弾丸を吐きかけている。
一発で血の槍一本と相殺する威力。
「甘い甘い!」
そんな声が虚空に響く。
むせかえるような血の匂いと、時折空から降ってくる死肉の塊。
気色悪い戦場だと認識しながら、私も自分のやるべきことと向き合う。
前方でこちらを睨んでいるのは、四足の魔物。
以前見かけたタイプかと思っていたが、よく見ると口が上下に二つ存在している。
「気色悪いわね」
私は不思議を発生させながら、プレグに指示を出す。
金のライオンと白銀のオオカミは、口を大きく開けてそれぞれ紫電と紅蓮の炎を構える。
相手の私に対する分析はいかほどだろう?
そんな感想を抱きながら敵を観察していると、私が不思議を込め始めたタイミングで四足たちは離散して、各々別々の角度から散発的に私への接近を試み始めた。
金のライオンと白銀のオオカミはブレスを放った後、私の護衛に回る。
しかし全方位から高速で迫る四足たちに対応しきれず、何体かは私のもとへ到達する。
「構わないで!」
私は地面を強く踏み抜き、自身の周囲の地面から無数の土の槍が飛び出る。
この一撃でプレグ二体を躱して私の懐に潜り込んできた魔物たちは一掃できた。
「今度はどう来る?」
四足たちは私の攻撃を見て、突進してくるのをやめた。
それでも高出力の魔法で一掃されないように、固まらずに私たちを全方位から睨んでいるあたり、やはり統一された知性を感じる。
「めんどくさいわね」
辟易する。
魔物に分析されながら戦うなんて初めてのこと。
魔物は、強靭な肉体と戦闘能力が高い反面、知能の面では人間や魔女に遠く及ばない。この絶妙な世界のバランスが存在していたのだが、今回のハルムによってもたらされた魔物たちはそのバランスを崩壊させている。
私やシュトラウスのように、戦いのバリエーションをいくつも持っていればまだ対処も可能だが、人間たちや戦いに不慣れな魔女たちでは太刀打ちできないだろう。
空を見上げればシュトラウスは順調に戦いを推し進めているが、未だ決着には至っていない。
「はぁ」
いい加減、この睨めっこも飽きてきた。
もう数分間この状態が続いている。
敵の魔物も二、三体がちょっかいをかけてくるが、それらは全て私のプレグに喰われている。
私に一掃されない手立ては見つかったが、私を殺す術が見つからない感じだろうか?
それともレオの深層心理が働いて、私を殺すことに躊躇しているとか?
いやいや、都合よく考え過ぎだ。
それならそもそも攻撃してきていない。
「君の意思はまだ生きているのかな?」
私は整理がついたはずの感情をあぶりだされる感覚に陥る。
一〇〇年前の感情。
最愛の彼を失った時の喪失感。
もうとっくに諦め、納得して次に進んだ私の気持ちが揺らぐ。
ハルムの中にレオの意識があるかもしれないという、淡い期待。
期待を抱くと、私は弱くなる。
「リーゼ!」
私は自分の名を呼ぶ声にハッとする。
聞こえた声はシュトラウスのもの。
眼前に迫るは複数の四足の魔物。
見れば、プレグたちはそれぞれ対応している。
潜り抜けてきたのか!
「キャ!」
私は魔法を発動させる間もなく、地面に引きずり倒される。
数匹の魔物に全身を噛みつかれる。
久しぶりに味わった痛み。
強烈な痛み。
「リーゼ!」
再び上空から声がしたかと思うと、周囲に血の槍が数本降ってくる。
血の槍は私に食らいつく魔物たちに次々と突き刺さり、確実に絶命させていく。
「大丈夫か?」
となりに降り立ったシュトラウスが、屈みこんで横たわる私の顔を覗き込んだ。
吸血鬼特有の異様に整った顔立ちが視界に映る。
「起きれるか?」
「ええ、助かったわ」
私はゆっくり体を起こす。
プレグたちは私たちと魔物のあいだに立っており、警戒を怠らない。
これは私のミスだ。
戦場でぼんやりするなど、殺されても仕方のないことだ。
シュトラウスがいなければ、今頃私はもっと惨い姿になっていただろう。
今でも全身が痛む。
ところどころ流血し、ドレスは無様に引きちぎられていて、シュトラウスが目のやり場に困っているのが見えた。
もう手の内を隠している場合ではない。
私は魔眼を解放し、さらに不思議を満たす。
「おいで」
私が祈るように囁くと、黒いカラスと白い大蛇が姿を現す。
この四体のプレグは、メイストと戦った際に呼び出したプレグたち。
「シュトラウスはまだやれる?」
「もう少しなら持ちそうだ」
そうか、血を使いすぎたのか。
私のせいでもあるし、ここは私がやるべきだ。
さっきの失態もあるし。
「じゃあここで見てて。私が全て殺る!」
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