第二十七話 回復

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第二十七話 回復

「まだやれると言ったぞ?」 「何があるか分からないんだから、ここは私がやる。一日に大量に私の血を与えるわけにもいかないしね」  私はシュトラウスより一歩前に出る。  周囲を四体のプレグが旋回する。  この子たちを呼び出したからには確実に全て殺さなければ。  知識や経験が継承されるとしても、みすみすここで逃がす気はない。  それにここにいる魔物たちは、最後の一体になるまで私たちの命を狙うだろう。  少しでも手の内を暴くために……。 「本気でいくよ」  私は呼び出した四体のプレグに声をかける。  正直傷も浅くない。  重症とまではいかないが、動き回るほどの元気もない。 「やりなさい!」  シンプルな一言とともに、四体のプレグは動き出す。  黒いカラスは空に舞い上がり、雷を落としながら魔物たちの上空を漂う。  白蛇は地面に潜り込み、地中から無数の白蛇を発生させて地上を支配する。  金のライオンと白銀のオオカミは、それぞれ紅蓮の炎と紫電をまき散らす。    戦場は異様な光景となった。  私の周囲を囲んでいた四足の魔物たちは紫電と紅蓮の炎に焼かれ、さらに後方に待機していた巨大な猿の魔物は、白蛇の群れに飲み込まれて息絶えた。  上空から降り注ぐ雷がその他の魔物たちを容赦なく射殺していく。  まさに地獄絵図。  地面は白蛇が埋めつくし、ところどころに雷と炎が燃え盛り、森の大半が元の姿を失っていた。 「お前、容赦ないな」 「私のテリトリーを犯すからよ」  あっという間に決着のついた戦場で、シュトラウスは引き攣った笑みを浮かべていた。   「そろそろセリーヌと洋館を元に戻すか?」 「いえ、この森を回復させないとあの子がショックを受けるでしょ?」 「マジかよ……お前、セリーヌに甘すぎるんじゃないのか? 将来碌な大人にならないぞ?」 「いいじゃない別に。だってずっと私が側にいるんだから」  私の返答を聞いて、シュトラウスは目を丸くしていた。  吸血鬼の相手はここらへんにして、そろそろこの森を元に戻さなくちゃ。 「おいで」  私は首元のチョーカーに手を当ててさらにプレグを呼び出す。  呼び出したのは、以前ヴァラガンで住民たちに悪夢を見せた植物のプレグ。  私と同等の大きさで、見た目は完全に花開いた植物のそれ。黄色と黒の花弁は危険な雰囲気を纏っていて、足の代わりに根を地面に差し込んで体を支えている。 「そいつでどうするつもりだ?」 「この子は相手に悪夢を見せる以外に、こういう能力もあるのよ」  私が指を鳴らすと、プレグは花弁を大きく開いて大気中に漂う不思議を全て吸収する。足りない分は私の魔眼で生み出しながら、とりこんだ不思議を糧にして根っこからこの地に命を与え始めた。 「いよいよ魔法なんて領域を超えているな」  シュトラウスは感嘆の声を上げる。    プレグが花弁から吸い込んだ不思議は、根っこから地面を伝ってそこら中に苗木を生み出していく。  そのままプレグが不思議を注ぎ続けると、苗木はみるみるうちに育ち続けて立派な木になった。  一本や二本だけではなく、元々生えていた場所全てで同じ現象が発生していた。  シュトラウスが驚くのも無理はなかった。  命を生み出す魔法はほとんど存在しない。  死者を蘇らすことができないのと同じように、何かの生命を産み落とす技は魔法ではなく奇跡の類いとされている。  私のこの魔法は奇跡に近しい行為だ。  プレグを呼び出すこと自体は、生み出しているのではなくて呼び出しているのでまだ魔法の域だが、苗木から生み出して木に仕立て上げるこの魔法は奇跡と同等だろう。  だがこれは私の魔眼があるからこそ可能な技だ。  普通は不思議切れを起こして木にまで育てられやしない。 「流石につらい……」  私は森を再生させながらぼやく。  ただでさえ全身血だらけで足元が覚束ない。  そんな中で魔眼をフル稼働させながら、奇跡に近い魔法を行使しているのだ。  無茶と言われればその通り。  後でやればいいと思われるかもしれないが、それではセリーヌが悲しんでしまう。  あの子はこの森を愛してくれていた。 「もう充分だって!」  なおも魔法を行使し続ける私を、シュトラウスがうしろからそっと抱きしめる。   「なんのつもり?」 「お前こそなんのつもりだ? 死ぬつもりか?」  シュトラウスに言われて気がついた。  手先に感覚がない。  眩暈も頭痛も全身の痛みも、そのどれもが限界を感じていた。  ああ、夢中になり過ぎていた。 「私が持たなそうね」 「森よりもお前が死んだほうがセリーヌは悲しむぞ?」 「……それもそうね。何を躍起になってたんだか」  私はその一言と共に魔眼を閉じる。  不思議は大気から消え失せ、プレグたちは一斉にその姿を消した。   「もっと冷静になれよな。セリーヌのことになると冷静さを失うのは、らしいっちゃらしいがな、それを止める我の身にもなれ」 「私を心配してくれるの?」 「当然だ。誰が我に血液を供給すると思っている?」  当たり前のように言い放つコウモリ男に呆れながら、私はゆっくりと地面に腰を下ろす。 「どうした限界か?」 「ちょっと気が抜けただけよ」  浅い息をしながら、私は冷たくなってきた指先を見て笑う。  こんなになるまでなにしてたんだか。  シュトラウスに言われなきゃ気がつかないなんて、どうかしてるわね私。 「ねえシュトラウス」 「なんだよリーゼ」 「貴方がまだその姿の内に私を洋館に運んでくれる?」 「なんだそんなことか? だけど良いのか? いまのお前の姿を見たらセリーヌの奴、慌てふためくぞ?」  言われて気がついた。  そうだ。森がどうこう以前に、私自身がこんなに血だらけならどっちみち彼女を悲しませてしまう。   「なんとか言って誤魔化して」 「無茶言うな!」  シュトラウスは一度叫んだあと、私を抱えて立ち上がった。
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