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第二十九話 ヴァラガンの現状
洋館を出発して数時間、上空から地上を観察している限り、変化は間違いなくあった。
前回ヴァラガンに向かった時と同じルートを通っているが、明らかに魔物の数が違っていた。
あまりにもその数が多く、個体で見た場合でも纏っている不思議の総量が違っている。
そしてなにより恐ろしいのが、風景まで変わってしまっている点だ。
地上に残っているのは魔物だけではない。
その魔物と戦って敗れた者の死体だ。
前の時と違って、死体がそのまま残されているパターンがほとんどだ。
行商人らしき死体もあれば、排魔騎士団の鎧の者もいる。
魔物が増加する前は、魔物による被害者が発生した場合、排魔騎士団が遺体の回収と魔物の討伐を行っていたのだが、見る限りそこまで手が回っていない。
それどころか騎士団の連中まで魔物に殺されてしまっている。
ヴァラガンに近づけば近づくほど、被害者として野晒しにされているのは騎士団の連中だ。
「とても見せられないな」
シュトラウスは死体の山を確認したタイミングでそう呟き、セリーヌの目を覆っていた。
セリーヌの相手を彼に任せ、私はひたすらに地上の観察とヴァラガンの現状に思いをはせる。
一体どうなっているのだろう?
そもそもギルドマンは無事なのだろうか?
もしかしたらすでに……。
私は嫌な考えを首を振って否定する。
彼は聡明な男だ。
手紙のやり取りでもそれは充分伝わる。
そう簡単にくたばるわけがない。
「流石にここはまだ大丈夫そうね。シュトラウス、もういいわよ」
「あいあいさ~」
シュトラウスはふざけた返事と共に、セリーヌの目隠しをやめた。
いま私たちがいる場所は、ヴァラガン周辺を見渡せる位置。
ヴァラガンを空の上から見る限り、まだ壁の内側にまでは敵は迫っていない。
ヴァラガンに続く街道には、ところどころ魔物が散見されたが、排魔騎士団が上手いこと対処していた。
まだここは平穏を保っている。
その事実に胸をなでおろす自分に驚いた。
いつからそんなに人間たちの肩を持つようになったのだろう?
一〇〇年前の戦いを思い出す。
レオ・ローゼンがその身に全ての科学を集めて生贄となった日。
ハルムの目的を自らを犠牲にして達成させ、結果的にハルムを退けたあの日、人間たちは彼を侮辱した。
身を挺して自分たちを救ってくれた恩人を、身を挺して自分たちを救ってくれた私の最愛の人を、侮辱したのだ。
感謝されなければおかしいところを、あろうことか侮辱した。
一番殺意がわいたのは、レオ・ローゼンさえいなければハルムはやってこなかった等とほざいた連中だ。
人間たちはハルムの詳細を知らない。
皇帝とその側近ぐらいしか知り得ない情報だったろう。
だから仕方のない部分があることは分かっている。
頭で理解しているのと、心が納得するのは違うように、私には決して彼ら人間を許す気持ちにはなれなかった。
そんな私がセリーヌを助けて親代わりになり、今まさに人間たちの救援要請に答えてこんなところまで出張ってきている。
一〇〇年という時間が、私の凝り固まった感情を溶かしたのだろうか?
それともセリーヌと接しているうちに、人間に対する敵対心が薄くなっていったのだろうか?
答えはでないことだけれど、いま私がやるべきことはハッキリしている。
この大都市ヴァラガンで、ハルムを迎え撃つ。
「城の屋上に降りましょう」
私は以前飛び立った城の屋上に直接降り立つことにした。
前みたいに馬鹿正直に通行許可証を見せている場合ではないのだ。
プレグは静かに飛び続け、城の屋上に辿り着くとそのまま着陸した。
屋上は前に来た時とほとんど同じ景色だったが、一つだけ違う点がある。
「……残念ね」
私は呟く。
ここはギルドマンがちょっとした墓場にしていた場所。
残念な理由は、墓石が増えてしまっていること。それも大量に。
「リーゼ様……」
私の名を呼ぶ声に振り返ると、そこには憔悴しきったギルドマンが立っていた。
短く切り揃えられていた小綺麗な黒髪は、やや伸びていて毛先が傷んでいた。表情は暗く、疲労の色を隠せていない。シャツもベストもクタクタだ。
「ギルドマン……大丈夫?」
私は思わず尋ねた。
それぐらい彼の表情は死んでいたから。
人間嫌いの私が放っておけないと思う程に、彼の状態は酷いものだった。
「リーゼ様、シュトラウス様、セリーヌ様、どうぞ中へ。ここではあまり話したくありません」
ギルドマンはそう言って歩き出す。
この地に眠る英霊たちへの配慮だろうか?
「ギルドマン、ビクトール・ローゼンは?」
そういえば姿が見えない。
最初に私の洋館に手紙をもって参上した、排魔騎士団の騎士団長を努めていた男。
常にギルドマンの側にいた側近中の側近。
そして名前からしておそらく、一〇〇年前に死んでしまった私の恋人の血縁者。
「……戦死しました」
「そう……残念ね」
こちらを振り返らずに一言で答えたギルドマンの心境は、いくら人間嫌いの私にだって容易に想像がつく。
だから私は、さっきと同じ言葉を繰り返した。
本当に残念という言葉以外、私が語る資格などないと思ったから……。
「こちらへ」
しばしの沈黙の後、私たちはギルドマンと最初に会った部屋へ案内された。
壁には地図が貼ってあり、ヴァラガン周辺の地形が事細かに描かれている。
「この上に見えるバツ印が……」
「はい、いまもっともヴァラガンに近く、そして破られそうな前線です」
地図で見る限り、そこまで遠くない前線。
もっと上の方にいくつものバツ印が書かれているところを見るに、きっと何度も突破を許しながらなんとか持ちこたえての今の場所なのだろう。
「だからあんな手紙に?」
「言葉足らずな手紙で申し訳ありません」
ギルドマンは深々と頭を下げた。
ただ逼迫しているだけなら、あんな手紙にはならない。
「構わないわ。別にいまさら礼儀とか気にするような間柄でもないし……それよりもう一度聞くわよギルドマン、貴方本当に大丈夫なの?」
私は答えを濁していたギルドマンに同じ問いかけをした。
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