第三話 リーゼって何歳なの?

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第三話 リーゼって何歳なの?

「ハルムが私をね……それで昨日の魔物に繋がるのね」 「その通りだ。昨日の魔物に知能が芽生え、同胞の魔女に化けてまでアンタに近づこうとしたのはハルムの意思さ。直接的な命令でなくとも、ハルムの意思や方向性は漏れ伝わる」  ということは、今までは無作為に人や魔女を襲っていた魔物たちが、意図や狙いをもって襲ってくるということになる。  厄介極まりない。  魔物なんて知能がほとんどないことぐらいしか欠点がないのに、そこを補われたら人間達では対処に困るだろう。 「はぁ……忙しくなりそう」  私は頭を抱える。  一〇〇年前のハルム撃退戦以降、私はとある理由から人間たちを許すことができずに距離を取り続けてきた。  それでも数年に一度は、ヴァラガンからの救援要求に応じてきた。  人間たちが私を差別して嫌っていようとも、私がそんな彼らに愛想を尽かせようとも、命を見捨てていいことにはならない。   「そうそうリーゼ、アンタは一体どうやってその美貌を維持しているんだい? それに何故死なない? アンタは本当は何歳なんだ?」  警告という義務を果たしたからか、吸血鬼は私に怒涛の如く質問をぶつけてきた。  どうしよう、話を聞けたからこのまま追い出そうと思っていたのに……。  まあいいか。答えるだけ答えて出て行ってもらおう。 「私の美貌? どうして歳をとらないかってこと?」 「そうだとも」 「それは私の魔眼のせいね」 「紫の魔眼か。どういう力なんだ?」  吸血鬼は尋ねてきた。  そっか、魔女のあいだでは有名でも、人間や吸血鬼なんかには知られていないのだ。 「この魔眼は周囲に”不思議”を満たす魔眼。ずっと不思議に触れ続けた結果、私の肉体そのものが神秘になってしまった」  私は説明をしながら、部屋の隅っこに置きっぱなしの鏡を見る。  そこに映る私は確かに美しかった。  自慢でもなんでもなく、客観的に見ても充分美しいに分類していいと思う。  呪われた紫の魔眼を有し、魔的に整った美貌の顔立ちに銀髪を靡かせている。  足元は漆黒のショートブーツに、太ももまで覆う網タイツとガーターベルト。  そこに黒を基調として、ところどころに金と銀を混ぜこんだオフショルダーのドレス。  これで一〇〇歳を超えているといっても、誰も信じないだろう。 「そうか、紫の魔眼の存在は知っていたが、まさかそんな能力だとは思わなかった。しかも肉体が神秘そのものになったか。もう生物としての生き方は望めないな」  吸血鬼は痛いところをつく。  本当にその通りなのだ。  幼少の頃から紫の魔眼を持っていた私は、私を恐れた人間たちによって迫害されてきた。それでも気の合う人間だっていたし、親交もあった。  だけど時間というのは残酷だった。  仲の良かった人間も、同胞の魔女たちも、私を残して老いていく。  いつまでも美貌を保ち続ける私を妬んで危害を加えてきた者もいれば、だんだんと私を恐ろしく感じたのか、化物と呼ばれたこともあった。  そんな日々が数十年続き、私を恐れずにずっと仲の良かった友人たちや愛した人たちが死んでいくのを見送るうちに、私の精神は摩耗していった。  そして私は一つの結論にたどり着いた。  私は誰かと一緒にいてはいけない。  実の両親を見送ったある日、私はそう決意してこの人里離れた山奥に洋館を建てたのだ。  ここに一人引きこもって生活していくことにした。  ここなら誰にも傷つけられることもない。  石も投げられないし、暴言も暴力もない。  蔑んだ視線や、怯えた視線を浴びることもない。  そしてなにより、愛した者の死を永遠と見させられる苦痛から解放される。 「随分な言い様じゃない? まあもう君に用は無いから、とっとと出て行ってくれるかしら?」  私は冷たく言い放つ。  別にさっきの一言にイラついたわけではない。 「え!? 貧血の吸血鬼をお日様の下に放り出すと?」 「そうだけど?」 「血も涙もないのか!」 「涙はとうに枯れたし、血がないのは君でしょ?」  大体、吸血鬼のくせに貧血なのが悪い。  ここにはセリーヌもいるのだ。  コイツが彼女を襲わないという保障もない。 「セリーヌを狙っているの?」  私は魔眼を輝かせる。  あの子に危害を加えるつもりなら、ここで消し飛ばしてやる! 「違う違う! 我は人間の血を吸えないのだ! それにアンタが外出している間、誰がセリーヌとやらを守るつもりだ? 今までの魔物どもと一緒じゃないんだぞ? 明確な敵意と知能を持ってアンタを狙ってる! そうなれば狙われるのはそこの小娘も同じだ!」  吸血鬼が部屋の入り口を指差す。  セリーヌが半身を隠しながら、こちらの中を覗いていた。  なるほど痛いところをついてくる。  私が何かしらでこの洋館を離れることだってあるし、たまに買い物に行くことだってある。  ヴァラガンからの依頼だって来るかもしれない。  そんな時、確かに誰か私の代わりにセリーヌを守ってくれる相手が必要なのは事実。 「でも、君がセリーヌを襲わない保障もない」  私はセリーヌを手招きし、駆け寄ってきたセリーヌの首元を晒して吸血鬼の前に差し出す。  貧血の吸血鬼、つまり長いこと人間の血を吸っていない吸血鬼にとって、若い女の首筋なんて我慢できないはず。  そのはずなのに……。 「やめろ! 近づけるな!」  吸血鬼はあろうことか、怯えたような目でセリーヌの首元から目をそらす。  決して演技ではない。  本当に恐れている者の目だ。 「君の貧血、何か訳アリね」 「我は人間の血は吸えない」 「ふ~ん」  理由は今度尋ねよう。  とりあえずコイツがセリーヌを襲わなさそうなのは分かった。  だけどまだ完全に信用したわけじゃない。  信用したわけじゃないが、いまはそれよりも大事なことがある。  長年ここでのんびり暮らしていたけれど、いよいよ私にも戦う時がやって来たのだ。 「しょうがない。しばらくここに置いてあげる」 「本当か!」 「ただし、ハルムを撃退するまでよ? ハルムさえ消えてしまえば、魔物がこの子を襲う理由なんてなくなるんだから」  私は条件付きで一緒に暮らすことを許可した。  ヴァラガンに迫りくる不思議の王、ハルムを今度こそ消し去らない限り、私たちの平穏な暮らしは戻ってこないのだ。
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