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第四話 救援要請
「ところで君の名前は?」
「名前?」
「名前も知らないんじゃやりづらいでしょ?」
「……シュトラウスだ」
一瞬の警戒の後、吸血鬼はシュトラウスと名乗った。
よしよし、目論見通りだ。
君の警戒は正解だよ。
「シュトラウス、君の名を縛ろう」
私は右の手のひらに不思議を集めて、シュトラウスの額にあてる。
そのまま右手を引き離すと、シュトラウスの名前が鎖のようにするすると額から抜け出し、私はその先端を両手で掴む。
「なるほど。当然のことだ、別に構わないさ」
シュトラウスは私の行動の意味が分かるらしい。
私がやったのは名前を媒介にして縛る魔法。
これで彼は、私の指定した人物(セリーヌ)に手出しができなくなった。
「これからよろしくね貧血の吸血鬼さん」
「こちらこそだよリーゼ」
私たちが握手を交わしているあいだも、セリーヌは警戒心を隠しもせずにシュトラウスをジッと見つめている。
彼女が本能的に吸血鬼を恐れているのには理由があるのだが、いまはそんなことを考えている暇はなさそうだ。
「お客さんね」
「分かるのか?」
「当然、結界を張ってるからね。侵入者は人間ね」
私は立ち上がり、玄関に向かって歩き出す。
セリーヌに続いてシュトラウスも着いて来ようとするが、ベッドから立ち上がったところでふらつきだした。
「ああ、目がくるくるする。気持ち悪い」
「そこで寝てなさい。貧血でまともに歩けないでしょ?」
「くそ! 何てザマだ!」
シュトラウスは本気で悔しそうに床を叩いている。
一体あのザマでどうやってセリーヌを守るつもりなのだろう?
まあ放っておこう。
今は来客の方が大事だ。
なにせ、ここに人間がやってくるのは珍しいのだから。
「リーゼ様! どうかお力添えをお願いしたく」
私がドアを開けるなり、騎士の格好をした禿げた男が片膝をついて懇願してきた。
禿げの後ろには三人の部下が同じ姿勢で膝をついており、その胸には見覚えのある紋章が引っ付いていた。
円形の紋章のデザインは、左右から中央に向かってパイプが伸びていて、その中央には建国の王の顔が描かれている。
大都市ヴァラガンを含む、ここら一帯を治めている真人帝国エンプライヤの紋章だ。
人間による、人間のための国。
科学の進歩を掲げ、私やシュトラウスのような不思議の担い手に頼ることなく、自衛できるようになることを目標としていた。
最初はそのはずだったのに、徐々にその雲行きは怪しくなっていった。
いつの間にかその思想は差別と驕りへと変わり、私たちは迫害され続けた。
「顔を上げて、中に入って下さい」
私はそれだけ告げて部屋の中に戻っていく。
彼らは顔を見合わせて、恐る恐る部屋の中に入ってきた。
私は席に座るように促し、反対側にセリーヌと一緒に腰を下ろした。
「それで、貴方たちはどこのだれで、私に何のご用向きでしょうか?」
私は静かに尋ねる。
嫌な予感というのは的中するものというか、いまさっき話していた連中じゃないだろうか?
敵ではなくてヴァラガンからの救援要請。
「はい! 我々はヴァラガンから参りました、排魔騎士団の者です。この度はヴァラガン統括、ギルドマンからの手紙を持って参りました」
ギルドマンとは面識がある。
あるとはいっても、彼がまだ成人したばかりの時だが……。
いまから十年前、ギルドマンは二十歳にして統括に昇りつめた優秀な青年だ。
そんな彼からの救援要請となると、事態は思っていたよりも逼迫しているのかもしれない。
「見せてみろ」
私は手紙を受け取り、さらさらと広げてみる。
手紙の内容自体はそこまで長くはなかった。
”親愛なるリーゼ・ヴァイオレット様へ”
突然のお手紙、失礼いたします。
私はヴァラガンの統括をやらせていただいております、ギルドマンと申します。
十年前の統括即位式の夜に私は貴女様に会っており、その際、何か困ったことがあれば助けを求めても構わないというお許しを頂いているのを思い出し、こうして救援要請を出させていただきました。
本題に移りますが、いまヴァラガン周辺は魔物どもに溢れております。
今までは排魔騎士団で対処して来ましたが、何が原因かは分かりませんが魔物の数の増加と共に、強力な個体も見受けられるようになり、我々だけではヴァラガンに通じる街道の警備で精一杯の現状です。
ですので、是非とも偉大な魔女であるリーゼ様のご助力とご助言を承りたく、お手数ではありますが一度ヴァラガンに来ていただくことは可能でしょうか?
大変勝手なお願いとは思いますが、是非ともお願い申し上げます。
”ヴァラガン統括ギルドマンより”
「なるほどね」
私は読んだ手紙を丸めて懐にしまう。
魔物が近辺に溢れているというのは本当だったようだ。
私はほとんどこの山から降りない。
私の庭にはありとあらゆる畑が存在し、この山で採れる木の実や葉などは食料にもなるし、薬の材料にもなる。
その他にも食用の小型動物も多数飼っているし、水は山の水脈から井戸に引っ張ってきているので水にも困らない。
本当の意味で自給自足ができてしまっている。
たまにセリーヌの欲しいものを買う時だけ、人里に向かう程度。
それでも近くの小さな町に向かうぐらいで、ヴァラガンなどこの十年間一度も足を踏み入れてはいない。
そんな中での今回の依頼。
どうしようか?
正直あんまり興味はない。
私は人間という種族に対し、ある種の諦めと共に見放している。
セリーヌ以外の人間なんてどうでもいい。
「助けに行こうよ」
私がいざ断ろうと口を開く前に、となりに座っていたセリーヌが声を上げる。
「セリーヌ!?」
「良いじゃん! もしかしたらリーゼの誤解も解けるかもしれないじゃん!」
セリーヌの中では、私は人間たちに誤解されていることになっているらしい。
本当は優しい私が、人間たちに嫌われ恐れられているのはおかしいと思っている。
でも違うんだよセリーヌ。
彼らの恐れや嫌悪感は誤解じゃない。
私は確かに恐れられ、嫌われている。
私の態度にも問題はある。
「セリーヌ……」
彼女は私に名前を呼ばれて首をかしげる。
良いじゃん! か……。
私の誤解が解けるかどうかは別にどっちでもいい。
ただセリーヌが望むのなら、私は嫌いな人間たちが相手でも助けよう。
それにハルムについての情報も得られるかもしれないし。
「わかった。その依頼を受けてあげる。後から行くから、先に戻ってなさい」
私は排魔騎士団の禿げ頭にそう答えた。
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