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第九話 影霊事件
「今回お呼び出ししたのは、ある事件を調査してほしいからです」
「事件? 魔物の退治じゃないの?」
私は出だしからつまずく。
てっきりというか、手紙の雰囲気的に魔物の撃退を求められているかと思っていたのだが事件の調査ときたか……。
別に私である必要は無いと思うのだが?
「魔物の退治が含まれるかもしれない事件です。そして我々では解決できない」
ギルドマンは無念そうに語る。
彼の隣に控えるビクトールも、同じく首を横に振った。
つまり相当捜査が難航していて、魔物による犯行か、それか魔法の類いのどちらか。もしくは両方か。
「今回の事件、我々は影霊事件と呼んでいますが、簡単に言ってしまうと殺人事件です」
殺人事件だとギルドマンは言った。
しかし私を十年ぶりに呼び出すぐらいだから、普通の殺人事件でないことは明白だ。
隣の席のセリーヌは身を乗り出して目をキラキラさせ、反対の席のシュトラウスなんて貧血を拗らせ過ぎて半分意識を失っている。
「犯人がずっと見つからないとか?」
「なんといいますか、犯人が魔女だという説が有力でして……。おまけに被害者が全員魔女なのです」
私は驚いて一瞬腰を浮かした。
魔女が容疑者で、魔女が被害に遭っているだと?
意味が分からない。
しかもこの街で?
人間のための国家を自称する、真人帝国エンプライヤの大都市であるヴァラガンで?
そもそも”被害者全員”と括れるほど魔女がこの街で生活しているとは思わなかった。
「今まで何人殺されているの?」
私は震える声で尋ねた。
「先月の被害者で八人目で、事件は半年程前からとなります。大抵がひとけのない路地裏か、魔女たちの隠れ家が襲撃されています」
ギルドマンは申し訳なさそうに頭を下げる。
なぜ君が頭を下げる?
「別に貴方が悪いわけではないでしょう?」
被害者の人数に眩暈を覚えながら、私はギルドマンを励ます。
実際どうしようもないと言えばどうしようもない。
彼らは起こってしまった事件を調査することはできても、事件を未然に防ぐことなどできないのだ。
「いいえ、少なからず罪悪感を持つ理由があります。それは、私の方でこの街に住んでいる魔女の皆様の隠れ家の場所を把握していることです。科学を信奉するこの国では、魔女はどうしても肩身の狭い存在です。しかし私は、科学ではどうしようもできない事象が存在することも知っています。だからこそこの街に住む魔女の方々には、人間たちから守るための隠れ家を用意していたのです。しかし、事件はほとんど隠れ家か、隠れ家に通じる通路で起きてしまっている。もしかしたら私のところから情報が漏れているのではないかと考えてしまって……」
ギルドマンはそう言って頭を下げた。
つまりこの事件は魔女の存在を良く思っていない上層部の誰かが、ギルドマンのところから魔女たちの情報を盗み出して犯行に及んでいるのではないか? 少なくともギルドマンはそう考えているようだ。
「殺され方は同じなの?」
「いいえ、全く異なります。刃物で刺されているケースもあれば、鈍器のようなもので強くたたかれているケース、さらに一件だけですけど獣のような歯形が無数についた死体もありました」
ギルドマンは淡々と答えた。
なるほどこれは人間の仕業だとは考えにくい。
それだけ殺し方のバリエーションを用意しようと思ったら、人間では難しく思える。
しかし全ての殺害現場が、魔女の隠れ家かそこに通じる通路のみ。
魔女たちの隠れ家を全て網羅しているのはギルドマンか、彼に近しい者だけ。
殺したのは魔女か魔物の仕業だろうが、情報を手に入れられるのは人間だけのはず……。
歪んだ事件だ。
調査も難航しているのだろう。
だからわざわざ私に助けを求めて生きたわけだ。
「我々としてはもう打つ手はなく、恥を忍んで頼りたく思っております」
ギルドマンは再び頭を下げる。
確かにこの事件、被害者が全員同胞だというのであれば解決しなければならない。
ただでさえ数を減らしている不思議の担い手が、こんな形でいなくなって良いはずがないのだ。
「分かった。私のほうでも調査をしてみる」
「本当ですか! ありがとうございます」
ギルドマンはそう言って破顔する。
肩の荷が降りたような、そんな顔。
彼からしたら心苦しい半年間だったに違いない。
「半年間の調査資料が別室にございますので案内します」
ビクトールはそう言って私たちを部屋の外へ。
まずは資料のチェックか……。
私は重い足取りで資料室に向かう。
一歩先をいくビクトールには申し訳ないが、とても役に立つとは思えない。
影霊事件は、一筋縄ではいかない気がする。
「こちらです」
階段を何フロア分か登った先にある部屋には、資料室と書かれており、部屋の中には眩暈がするほどの本棚と、そこにパンパンに詰められた紙の資料や本やら、なにかの破片やらが私たちを出迎える。
この中から探せと?
私は懐疑の視線をビクトールに送る。
「この事件に関する資料はこの先の別室に保管してあります」
彼はスタスタと資料室を横断し、数あるドアの内の一つの前で立ち止まる。
資料室は円形のダンスホールのような形状をしており、この部屋だけで私の洋館くらいの広さは余裕でありそうだ。
そこから数メートル感覚で別室行きのドアがいくつも存在する。
「こちらです」
ビクトールが懐から取り出した鍵でドアを開けると、そこは客室のような場所となっていた。
部屋の中央には正方形のテーブルが置かれ、部屋の奥の窓際にはベッドが二つ並んでいた。
部屋の両脇には本棚がびっしりと並んでいるが、それでも資料室のあの膨大な数から探し出すよりは遥かにマシだ。
「なんでここにはベッドがあるわけ?」
「昨夜のうちに私が用意しました。ここで調べて頂きつつ、安全な城内で過ごしてもらおうとギルドマンがおっしゃっていましたから」
ビクトールは部屋の鍵をテーブルの上において「それでは」と言い残して部屋を出て行ってしまった。
なんとなく疲れた私はそのままベッドの横になる。
シュトラウスはフラフラとした足取りで椅子に座り込んでしまった。
「リーゼ、つまんない!」
思ってたのと違ったのか、セリーヌが軽く頬を膨らましていた。
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