第一話 招かれざる客

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第一話 招かれざる客

 遠くで地響きが鳴り、その音で私は目が覚めた。  ベッドわきの小窓についているカーテンをめくって外を見ると、まだまだ夜明け前。  月明かりに照らされて、いつも手入れされている自慢の庭が見え隠れする。 「まだセリーヌは寝ているだろうし……でも、さっきの音は何かな?」  私は渋々ベッドから這い出て寝室を出る。  もう少し寝ていたい気持ちを抑え、もしものことを考えて長い廊下を突き進み洋館を出る。  見える範囲では異常はない。  音の距離的にも近くではないが、私に全く関係のない距離でもない。  おそらくこの山のどこかに地響きの原因がいるはずだ。 「最近は魔物も増えてるし、看過はできないか」  私の胸の内にはセリーヌの可愛い寝顔が浮かぶ。  彼女を守るためだったら、私はどんな危険にも首を突っ込む覚悟がある。  私は庭の中央で、生まれ持った紫の魔眼を起動させる。  すると周囲に”不思議”が充満し始めた。  私は不思議を両手の先に集め、祈るようなポーズをとって唱えた。 「おいで……」  たった一音節の呪文を唱えると、私の周囲を円形に炎が走り始める。  私のくるぶし程度の高さの炎が一周回ったかと思うと、私の隣には巨大なカラスが佇んでいた。 「私をあそこまで連れてって」  私は地響きがあった方角を指し示した。  するとカラスは一度大きく鳴いたかと思うと、私が背中に乗ったのを確認して空に舞い上がった。  彼らはプレグと呼ばれている存在だ。  プレグは周囲の不思議を消費して呼び出せる使い魔のようなもので、その強さや能力は呼び出す者の技量によって左右される。  幸い私は、そのへんの才能には苦労していない。 「このまま真っすぐ」  舞い上がった私はどんどん小さくなる自分の洋館を見下ろしながら、全方位を確認する。  見える範囲は全て森が広がっている。  この緩やかな山に他の人間が入り込むことはほとんどないため、先程の地響きはおそらく魔物の仕業。  プレグが指示した通りの方角に飛んでいるあいだ、私は大気に溢れている不思議を周囲にまき散らして探索を開始する。  この魔法は、不思議を触覚として扱うことができる便利な魔法。 「うん? なんでこんなところに?」  今回の騒動の原因は見つけることができた。  だけどそれとはまったく関係ないところで、この場所にいるはずのない存在を感知した。 「いや、いまは助けるのが最優先!」  私は速度を上げるように指示し、魔眼をさらに輝かせて大気中に不思議を生み出す。  この先には襲われている”同胞”が一人と、襲っている魔物が三体。  強さはまだ分からないが、同胞が一方的に逃げているところを見ると、それなりに厄介な相手なのだろう。  プレグは飛行を続け、山の麓らへんまでやって来ていた。 「あれね」  私は夜闇に目を凝らして眼下を観察する。  見ると逃げ回る同胞が一人、様々な魔法を放って応戦するがどれも躱されているようだ。  逃げ腰で当てずっぽうに放っているため、当たるはずもない。  小型の炎弾や、小さな氷塊を放ってはいるがそれらは躱されるか、当たってもダメージをほとんど与えてはいなかった。 「オオカミのような魔物ね。最近増えてきてるタイプ」  私はそう呟いて飛び降り、逃げ続ける同胞のとなりに着陸する。 「リーゼさん!? 良かった、助けて!」  顔も知らぬ同胞は、私の名前を知っているらしい。  ということは私に助けを求めに来たということだろう。  ここが私の領域というのは有名だ。  少なくとも同胞たちの間では。 「別に良いけど、後で経緯ぐらいは話しなさいよ?」  私はそう言って大気に充満する不思議をかき集める。 「力を貸して……」  私の祈りが形となって出現する。  願いを受けて出現したのは、白銀のオオカミだった。  迫りくる魔物たちより一回り大きい。 「それは、プレグ?」 「そうよ。見たことない?」 「見たことはあるけど、そんな立派なプレグを呼び出せるほどの不思議なんてもう……」  彼女が何を言いたいのか理解した。  さっきまで彼女が魔法を連発していたため、ここら一帯の不思議が薄れてきてしまったと言いたいのだろう。  私たち”魔女”は”不思議”がないと魔法を行使できない。   「私の魔眼の力をご存じない?」 「そっかその眼、紫の魔眼!」  彼女はようやく理解したようだ。  紫の魔眼は直接的な性能が低い代わりに、自分の周囲に不思議を大量に供給できる魔眼。  強力な魔法を行使できる者が持てば、最強の一角に躍り出ることができる呪われた眼。 「やるわよ!」  私は首元のチョーカーに触れる。  このチョーカーは不死鳥の羽根で作られていて、私の魔法をコントロールしてくれるアイテムだ。  しっかり管理しないと、私の魔法は出力を間違える。  私が周囲の不思議を集結させて力をこめると、それに共鳴するようにオオカミのプレグも口元に不思議を集め始めた。   「消えなさい!」  私が右手をかざして叫ぶと同時に、プレグの口元から紫の光が雷鳴と共に地を這い、見える範囲全ての大地を紫電で弾き飛ばす。  大地が舞い、草木の焦げる匂いが充満したこの空間で、三体の魔物は原型をとどめることすら叶わず地に投げ捨てられていた。 「凄い……これがリーゼ・ヴァイオレット」 「ふぅ」  私は静かに一息ついて同胞に向き合う。 「それで、貴女はどこの誰で、何があったの?」  彼女は私と同じ魔女だ。  だが昔と違って、魔女の絶対数は減ってきている。  世界から不思議が減っていき、不思議の担い手たる魔女も同様にその数を減らしていた。  だからこそ問う。  偶然出会うことなんてありえない。  しかもここはある意味私の庭だ。  ここは大都市ヴァラガンから少し西に位置しているが、ヴァラガンの人間たちは私を恐れて嫌っている。彼らが私に会いに来ることなんてない。  この山は自然と私しかいないのだ。 「私はここから南に位置する集落の者です。ここには助けを求めにやってまいりました。しかし途中で魔物たちに見つかってしまい……」  彼女の言う集落とは魔女の集落だろう。  今の時代、人間たちと魔女が共に生活をするなんていうのは不可能に近い。  彼らは私たち魔女を恐れると同時に”科学”を発展させてきた。  その科学の力によって、大抵の奇跡は可能になってしまった。  魔女はその奇跡の体現者としてのポジションを追われたのだ。 「魔女の集落が魔物に襲われたってこと?」 「はい。情けない話ですが、もうこの国には不思議が不足しています。なので大した魔法は使えず、それなのに魔物は年々狂暴化してきていて対抗できず……」 「ヴァラガンに助けを求めたの? あそこの住民たちはともかく、上層部は魔女の存在はある程度必要だと分かっているはずでしょ? 何かあれば多少は助けに動いてくれると思うけど?」 「使者は出したのですが、どうも集落とヴァラガンのあいだにも魔物が発生しているみたいで、無事にたどり着けるかどうか」  聞いていておかしな話だと思った。  大都市ヴァラガンの周辺は、騎士団が巡回していて魔物の討伐を定期的に行っている。  使者が無事にたどり着けるか分からないほど逼迫(ひっぱく)しているとは思えない。    それに私はこのあたりでは嫌われている。理由は簡単で、恐れられている。  魔女としての能力が強すぎる点と、この魔眼の不気味さ、歳をとらないこと等々、理由を言い出したらキリがない。  その辺はヴァラガン上層部は知っているため、住民に嫌われている私にも自分たちの手に負えない事態の場合は、助力を求めてきていた。  しかしここ数年はそれもない。   「そんなに魔物が溢れているとは思えないんだけど?」 「本当に最近です。ここ数週間」  ここ数週間、まあそれぐらいだったらヴァラガンからの連絡は来ないだろう。  彼らにとっても、私に頼るのは最後の手段にしている気がするし、自分たちでやれるだけはやっておきたいに違いない。 「分かったわ。貴女たちの集落に向かってあげる。南方のイリイドの森の中でしょ? 」 「え……なんで知って?」 「当たり前じゃない? 私が何年生きていると思っているの? ここら辺の隠れ集落なんて、全て把握しているわ。だから……」  私は指を鳴らして合図をする。  すると脇に控えていたプレグが飛び出し、魔女を頭から飲み込む。  魔女は断末魔を上げながら、徐々に本性を現す。  残された足は徐々にオオカミのそれに変わっていく。  さきほど私に殺された魔物たちと同じ種類。 「魔女に姿を変えて私になんの用だったのかな? まあ、もう聞けないけど」  プレグはしばらくモグモグしたあと魔物を飲み込み、そのまま霧となって消えていった。   「さてさておかしなことよね?」  私は血の海の中心で腕を組む。  比較的知能の高い魔物は、今までも存在はしていた。  だけどわざわざ同胞のフリをして、私のテリトリーに侵入した理由が分からない。   「まあ考えても分からないものは分からないし、それよりももう一つのおかしな点を見に行こうかな?」  私が指を鳴らすと、上空で待機していたカラスが高度を下げ、私はその足につかまり上昇する。  行き先はもう一つの異常、この場所に存在するはずのない気配。  場所はここと洋館のあいだ。  もし万が一セリーヌに危害があってはたまらない。    しかしその存在は、一歩も移動していなさそうだ。  ほとんど同じ場所に存在している。 「死んでるのかな?」  私は軽く微笑み、もう一つの異常の場所に向かった。  洋館に向かう途中の崖の下、そこにちょっとした洞窟が存在する。  気配はこの奥からしている。  私がカラスから下降すると、カラスのプレグは霧となって消えてしまった。  カラスに込めた不思議が切れたのだ。  まあ元々、目的地に行ければいいや程度の気持ちで呼び出したのだから構わない。 「この先ね」  私は洞窟の中を進んでいく。  この先にいる存在の気配、不思議の量もほとんど残っていないだろう。  脅威にはなりえない。    そう判断した私は、プレグを呼び出すこともなく洞窟の中を進む。  ちょっと歩いただけで、気配の主に辿り着いた。  それは洞窟の端っこに座り込んでいる。 「こんなところで何をしているの? 坊や」  私は一応年長者のように振舞う。  目の前で顔を伏せながら座り込んでいるのは、年端もいかぬ少年。  これでも私は二〇〇年以上生きているので、大抵の者よりも年長者なのだ。 「……」  少年は急に立ち上がったと思うと、フラフラと歩き出し、洞窟の外に出ていく。  私は黙って少年の後を追うと、少年は洞窟を出て少ししたところでぶっ倒れてしまった。  幸い草花が多い場所だったので怪我はしていなさそうだったが、恐ろしいくらい顔面から倒れ込んでいったので、やや心配になる。 「ちょっと!?」  私は駆け寄って少年を抱きかかえる。    まだまだあどけない表情をしている。  一〇歳程度だろうか?  髪は輝かしい金色で、白いシャツに黒いベストを着込み、半ズボンという出で立ち。  どっかのお坊ちゃまかと思える格好だった。  だが彼が人間のお坊ちゃんではないのは明白だ。  この少年からは人間以外の気配がするし、若干ではあるが不思議の残滓を感じる。 「大丈夫?」 「う、うん……あれ? ここは?」  少年はようやく声を発した。  洞窟からここまでは無意識に歩いてきたのだろう。 「君、吸血鬼だよね?」  私は指摘する。  彼は紛れもなく吸血鬼。  遥か昔から人間の血を吸いながら生きている”不思議”の権化。  最近では魔女以上にその数を減らし、こうして生きた個体と出会うのは稀なことだ。 「いかにも、我は吸血鬼だ!」  少年は偉そうな態度をとるが、真っ青な顔で立ち上がれずに張る虚勢程虚しいものはない。   「なんかフラフラじゃない?」 「ちょっと貧血が……」  そう言って少年は自分の青い顔を手でおさえる。  しかし吸血鬼から聞くはずがないワードが飛び出した。  貧血? 吸血鬼が貧血? 嘘でしょう?  血を吸う鬼がなぜに貧血? 「貧血の吸血鬼なんて、聞いたことがないんだけど?」 「仕方ないだろ! 本当に貧血なんだから!」  語気は強いが依然として立ち上がる気配がない。  どうしようかな? 「そっか……まあ、私には関係ないし、帰るね」  私がそう言って立ち上がると、少年は私を見上げる。  なんとも年相応な脆弱さをアピールしてくる。  クリクリの目をウルウルさせながら、見捨てないでと言わんばかりの視線を送ってくる。 「はぁ……分かったわよ。とりあえず家に来なさい」  私は彼をお姫様抱っこで抱え上げ、自分の洋館に向けて歩き始めた。
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