第一章 役員秘書になってみよう

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第一章 役員秘書になってみよう

 その日の 白石凛(しらいしりん)は割とご機嫌だったのだ。残業もなく、会社が終わって駅まで行ったら待つこともなく電車に乗れた。  夕方の日の落ちかけた空は綺麗で、最寄駅から自宅までの道を凛は気分よく歩き出す。  百六十センチに少し足りない身長は、小柄な方なのだろうか。焦茶色の髪をハーフアップにして、くりんとした瞳に愛嬌のある顔立ちで、知人には美人と可愛いを上手くミックスしたような人だねと称されている。  褒められたんだと思いたい。  凛の家は郊外の二階建てで、真面目な父が公務員時代に建てた至って普通の一戸建てである。 「ただいまー」 「おかえり」  想像してみてほしい。  帰ってきた瞬間に、父親が玄関で仁王立ちしているその姿を。  今玄関先で、どどんと立っている凛の父親は『プライム・サービス・グローバル』という会社で役員をしている、いわば取締役なのである。  それなりに忙しい立場ではあるので、こんな風に一般職の凛より早く帰ってくることはあまりない。 「早いのね」  凛は玄関で靴を脱ぎながらそう言う。 「凛、お前今の仕事に未練はあるか?」  玄関先で唐突に父に聞かれたのだ。 「少しはあるかもだけど、そんなにはないかな」 「お父さん、困っているんだよ」 「はあ……」
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