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1 春田と夏目
夏目愛子は中学一年の時、父の実家であるこの田舎町に、東京から引っ越しをしてきた。
都会の暮らしとは何もかもが違っていた。
何よりも、小学校の時仲良かった友達は、ここにはいない。
夏目にとっては、生活より何より、それが一番辛かった。
だから、地元の中学校に入学した時も、その緊張と不安が、よく笑い、よく喋る、本来の夏目らしさを奪ってしまう。
それが良くなかった。
地元の子達からしたら「都会から来たスカした子」の印象になってしまう。
それが反発を招いてしまい、結果、いじめとなって夏目を苦しめる。
一度すれ違ってしまうと、どうにもならず…。
その生活が、続いた夏休み前の事。
県が主催した絵画コンクールで、夏目の作品が入賞した。
夏目は、絵が上手いわけではなかったけれど、この生活では出せない自分らしさを思う存分ぶつけた結果、色彩豊かで訴えかけるものがある点が評価されたのだ。
しばらく、全校生徒が見られるところに貼り出された絵を見ながら、女子達の口は止まらない。
「なんかさ、色、派手すぎない?」
「都会から来たの、鼻にかけてる感、ハンパないよねぇ」
「こんな絵描くって、絶対性格悪そうだよね」
ヒソヒソ…コソコソと悪意がある囁きは、さざ波のように広がり、周りからじわじわと染み込んでくる。
直接、言ってくるわけではなく、遠巻きに周りでコソコソと、だが、本人に聞こえるように言ってくるので、タチが悪いのだ。
夏目が、震える手を握りしめた…その時。
「すごく、鮮やかで綺麗な絵だな」
涼やかな声に、夏目は顔を上げた。
そこには、一人の男子が立っていた。
癖のない黒髪、すらりと背が高い男子。
少し線が細い、優等生を絵に描いたような。
けれど、真っ直ぐ前を向くその視線の強さが、彼の性格を物語っていた。
「皆川。佐々木。高田。」
さっきまでコソコソと陰口を言っていた女子の名前を呼んだその男子は、彼女達をしっかりと見据える。
「言いたいことがあるなら、直接本人に伝えたらいいだろ。影でコソコソ言ってないで」
女子三人組は、不満気な顔で男子を睨む。
「言いたいことがあるなら、今ここで、俺にも彼女にも言えばいい」
女子三人組は、悔しそうに目を伏せて、その場から去っていった。
「あの…ありがとう。その…いろいろと」
夏目の言葉に、男子はふと笑った。
「いや。俺は本当にそう思ったから言っただけだよ。夏目さん、だったよね」
「あ…うん」
「それじゃ」
背を向けて去ろうとした男子を、思わず呼び止める。
「…あの!な、名前!名前聞いていい?」
「春田。春田秀一だよ」
それが、転校生であった夏目愛子が、春田秀一と初めて言葉を交わした瞬間だった。
ちなみに、その後、
「あ。夏目も黙っていないで、言われて嫌なことは、はっきり言った方がいい。黙っているから、陰でコソコソ言われる原因になるんだよ。そもそも…」
と、ポカン…としている夏目にまで、意見を述べる春田は生真面目で、曲がったことが嫌いな性格なんだな…と思った。
(生きてて疲れそう…)
苦笑しながら、こっそりそう思ったのは内緒である。
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