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「夏目愛子さん。俺と付き合ってください!」
場所は、あの丘に立つ。
星の咲く木。
空には無数の星が輝く。
夏目の目を真っ直ぐに見つめ、手を差し出す春田。
夢だろうかと、一瞬思ってしまうような、待ち望んだ瞬間。
の、はずだ。
あの体育祭の日までは。
いっそのこと、手を、取ってしまいたい。
取りたい。
けど…取れない。
取っては、いけない。
なぜなら、今、夏目には、彼氏がいるのだから。
そう。あの日、焦りを感じた夏目は、あの後告白してきた同じ学校の男子と、付き合うことにしてしまったのだ。
春田を忘れたいが一心で。
まさか、振替休日となった翌日に、春田から星の咲く木に呼び出されるとも知らずに。
一瞬、手を取ってしまおうか。
と、ズルい考えがよぎる。そして、彼氏にすぐ連絡すればいい。
「やっぱりやめる」と。
……しかし、それは彼氏にも酷いことをするし、何より、それを知ったら春田はどう思うだろうか…。
誰より真っ直ぐで、曲がった事が嫌いな春田。
自分のズルい考えを、春田はどう思うだろう。
(嫌われたくない…)
そう思うなら、ここで夏目が出来る答えは、たった一つ。
「ごめん、なさい…」
頭を下げた夏目は、春田の顔が見られなくて、顔が上げられない。
「……そうか。わかった」
硬い声でそう言った春田。
「聞いてくれてありがとう。夏目」
少し、和らいだ口調でそういうと、頭が上げられない夏目の前から、春田が去っていく気配がする。
ハッと顔を上げた夏目が見たのは、丘を去ってゆく、春田の背中だった。
「は…るた……春田ぁ…」
夏目の目から、涙がとめどなく溢れ出る。
木の幹に寄りかかって見上げた葉と葉の間には、星が咲いている。
(もう、恋が叶うなんて誰が言ったのよ……)
涙で滲んだ星は、夏目には見えなかった…。
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