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「良い?掴んだものは何が何でも食べ切る!このルールは絶対よ!」
「いやしかし、アレは流石に…」
「つか、なんで青?」
「同感ですね檜山検事。この色は最早食べ物の色ではないですよ…」
「た、確か仕上げはぁー…奈々ちゃんだったっけ?」
「ええ柏木検事!確かに私です!なんかぁ、荷物の中に食紅とか着色料があったから、流行りの映えを意識してみました!」
「櫻井さん姐さん…姐さんのそーゆー無邪気な悪意、ホンマ尊敬しますわ。」
「ん?」
自分の嫌味にも全く動じない先輩櫻井奈々子を一瞥してから、藤次はため息を吐いた後、意を決して、手にしていた割り箸を目の前の鍋に浸ける。
「ほんなら先陣、切らせてもらいます。南無三。」
*
ーー事の始まりは、藤次が珍しく地検の給湯室でカップ麺を作っていた時だった。
「…はあ、まさかあの絢音が寝坊やなんて、やっぱり夜遅くまで抱くんは控えた方がええんかなぁ〜。そやし、なぁ〜」
今朝、珍しく妻の絢音が寝坊した。
原因は、先程藤次が言っていた通り、深夜まで行っていた夫婦の営み…つまりセックス。
ごめんなさいと差し出された買い置きのカップ麺に湯を注ぎ、味気ない昼飯だなと溜め息を溢しながら給湯室を去ろうとしたら…
「あら棗君、お昼それだけ?」
「あ。青柳さん姐さん。お疲れ様です。」
鉢合わせたのは、なにやら大きな包みを抱えた、大学時代の先輩でもある女性検事の青柳民子。
長い髪をきっちりと結い上げ、パンツスタイルのスーツと高いヒールを華麗に着こなすスタイル抜群の美人なのだが…
「あ!さては新婚早々夜遊びして奥さんに逃げられた?!そうよねー、棗君が一人の女で満足するなんて、有り得ないもんねー。」
「…久しぶりに会った言うのに、随分な挨拶ですね姐さん。そやし、お言葉返すようで恐縮ですが、ウチはつとめて平穏、なんなら惚気ましょか?」
「あら嫌だ。随分一端の口をきくようになったじゃない。昔はもっと可愛げがあったのに。…特にベッドの中では…♡」
「………」
忽ち閉口する藤次。
学生時代の若気の至りとは言え、良くも悪くも明け透けなこの女と、遊びとはいえよく関係を持ったなと心の中でごちていると…
「あれ、民ちゃんと棗じゃない。これからお昼?」
「と言うか棗、お前がカップ麺なんて珍しいな。絢音さんと喧嘩でもしたのか?」
「あら、柏木検事。お疲れ様です。」
「何やねん。姐さんに楢山まで。ワシがそんなにカップ麺持って彷徨くのがおかしいんかい!何遍も言わすな!絢音とは頗る良好やっ!!!」
「んん?!何だ何だぁ〜?早速新婚生活に飽きてきたか棗ー?イイ女紹介するぞー?」
「お、大塚、棗の話聞いてなかったのか?奥さんとは良好だって…」
「て言うか、真昼間から女性の前でそんないかがわしい雰囲気の話してー、セクハラ〜」
「………」
一体何処から沸いてきたのかと言うくらいゾロゾロと現れてきた同僚達に呆れていると、民子が何やら不気味に微笑む。
「フンフン。結構良い面子が揃ったじゃない。柏木検事、楢山君、大塚に檜山に奈々子。後棗君。良かったらこれから、とびきり刺激的なランチ、しない?」
「はい?」
瞬く一同に向かって、民子はケチのつけようのない笑みを浮かべて宣う。
「題して、『ドキッ!検事だらけの闇鍋大会⭐︎』ってね!」
*
「…で、何ですかこの食材や調味料の山。と言うか、まんまと勢いでついてきましたけど、闇鍋て…」
ーー場所は変わり、地検の守衛室に設けられた簡易キッチンに、件の検事達は身を寄せ合って集まっていた。
守衛の中森は派手に汚さないでくださいねとだけ言って仕事に出て行ったので、これ幸いと民子は守衛室の食事用のテーブルに、大鍋と山のような食材を広げたので、藤次は眉を顰めていると…
「あら、棗君には言ってなかった?私、今度彼と同棲するから引っ越すのよ。」
「はあ…それはまあ、おめでとう御座います。」
「と言うか、民ちゃん相変わらずフットワーク軽いね。確かその彼氏、まだ付き合って2ヵ月じゃなかった?」
「いえいえ柏木検事、自分の情報が正しいなら、確か1ヵ月と28日です。」
「相変わらずの地獄耳。くわばらくわばら。」
「あら檜山君。大塚君に探られたくないような隠し事でもあるの?」
「ま、まさかっ!じ、冗談でも大塚の前でそんな事言わないでくださいよ櫻井さん!」
「んー?ムキになるなんて、あーやしー!ねえねえ大塚君!檜山君がさぁー!」
「櫻井さん!!」
言って戯れ合う奈々子と檜山を他所に、賢太郎は冷静に口を開く。
「…すると察するに、その山はその引越しで出た不用品。と言う事ですか?」
「そう!さっすが特捜部の楢山君!名推理!!」
「き、恐縮です…」
バシバシと勢いよく背中を叩く民子に辟易する賢太郎を横目に、今度は藤次が口を開く。
「そう言う事なら、僕は一抜けさせてもらいます。姐さん知ってるでしょ?僕が極度の偏食言うの。何が入ってるか分からんもの、よう食べしまへんわ。」
そう言ってその場を立ち去ろうとすると、民子に袖を引かれ、ボソッと囁かれる。
「あら、良いのそんな生意気言って。バラしても良いのよ?昔の事♡」
「…ッ!!さては姐さん!こう言う時のために大塚を誘っ」
「あら心外ねぇ、彼がいたのまたまたまじゃない。たーまーたーま♡さあどうする?京都地検一の噂好きに過去バラされて拡散されて、奥さんに三行半されるか。それとも…」
「分かりました。やりますよ。やれば良いんでしょ?」
「うんうん。懸命な判断ね!棗君♡」
「ったく…大体、この醤油、賞味期限いつのやねん…て…」
何気なく手に取った開封済みの醤油瓶の賞味期限を見た瞬間、藤次はサッと青ざめる。
「ね、ねねっ!姐さん!!何ですかコレ!?賞味期限、10年も前やないですか!!?」
「はい?!」
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